【Pen最新号をチラ見せ】二風谷で、俳優・宇梶剛士がルーツを見つめる。

  • 写真:佐々木育弥
  • 文:渡辺芳浩

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宇梶剛士●1962年、東京都出身。錦野旦の付き人、菅原文太の弟子を経て俳優デビュー。テレビドラマ『半沢直樹』『逃げるは恥だが役に立つ』、映画『南極料理人』『キングダム』など出演多数。

東京に生まれ育った宇梶剛士さんは、母・静江さんがアイヌの血を引いていたが、幼い頃に北海道を訪れる機会はほとんどなかった。母は若くして上京しており、縁遠い場所だったのだ。高校時代、プロを目指して野球に打ち込んでいた宇梶さんは、暴力事件に巻き込まれ学校を中退することに。その後、暴走族の総長へと非行の道をたどってしまう。

そんな折、北海道から静江さんの弟でアイヌである叔父・浦川治造さんが突然訪ねてきた。将来を見失っている宇梶さんに、自身の経営する北海道の建設会社で土木作業をし、自分を見つめ直すように説得。猟師でもある治造さんは「アイヌは人に迷惑をかけない。ここで撃たれるか、北海道で働くか選べ」と言ったそうだ。宇梶さんにとって、この頃のことが記憶として残っていた。その後東京に戻り、役者として20代でトレンディドラマに次々と出演。しかし、30代に入り出演の機会が減ってしまう。この時も叔父が援助、東京で経営する会社で肉体労働の職に就く。

「叔父さんには、礼儀や生活習慣について厳しく教えられました。火を跨いではいけないとか、川は神聖な場所で汚してはならないなど。後から考えるとそれらはアイヌの教えだったんです。アイヌの人々の自然に対する敬意を強く意識するきっかけになりました」

1993年、国際先住民年に関連するイベントが、平取町二風谷で開催された。その時叔父さんに連れられ訪れて以来、二風谷をはじめとして北海道を訪れる機会が増え、アイヌの人々との交流が深まっていった。そして28歳から演劇の作・演出を行ってきた宇梶さんが、31作目として2019年に制作した芝居『永遠ノ矢=トワノアイ』。青年が自分のルーツを見つめようとする壮大な物語で、宇梶さんがこれまでに築いてきた北海道との関係、アイヌとの交流に対する思いを込めた、渾身の作品だ。

「実は舞台をつくり始めて4作目でアイヌが登場する舞台をやったのですが、衣装などに指摘を受けました。その反省からきちんと学ばなければいけないとずっと思い続けていました。気付いたら関連書籍も40冊くらい持っていて。知るほどに、散らばっていた欠片が自分の机に置かれていくような感覚でした」

2018年、宇梶さんにとって『永遠ノ矢=トワノアイ』の制作に導かれるような出来事が重なった。松浦武四郎生誕200周年イベントで母とのトークセッションに登壇、ウポポイ(民族共生象徴空間)PRアンバサダーの就任、NHKドラマ『永遠のニㇱパ』の出演といったアイヌ文化に関わる仕事の依頼が続いたのだ。

「かつてアイヌは強制的に同化させられた歴史があります。武力で制圧されたものの、それは“敗北”になるのかといったことを考えました。人はたとえ力で踏み躙られても、心を踏み躙られることはない。だから、とにかく生き延びて、踏み躙られたかどうかは自分が決めるという思いを、この舞台に込めました」

アイヌへの思いが湧き上がり、芝居に結びついた。それは力強い根のように宇梶さんを支えている。