建築×陶芸⁉ 世界で注目されるアーティスト、奈良祐希が京都・佳水園で個展を開催

  • 文:小長谷奈都子

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ウェスティン都ホテル京都の佳水園で、奈良祐希の個展『ENSEMBLE』が開催される。金沢の地で350年以上の歴史を誇る茶陶の名門、大樋長左衛門窯に生まれ、東京藝術大学大学院建築専攻を首席で卒業。陶芸家と建築家というふたつの顔を持つ奈良に、領域を越えたものづくりや、今回の個展について話を聞いた。

「箕甲(みのこう)」と呼ばれる伝統的な収まりを用いて軒をシャープに見せる切妻屋根が重なる佳水園。奈良の作品のシャープさと呼応し合うような展示となる。

「陶芸は現物、建築は縮尺の模型をつくるという違いはあるけれど、共通するのはどちらも立体であること。建築はそのカタチにとどまらず、空間を内包していたり、外の光や緑を取り込んで、周りの空気までデザインします。これからの陶芸は、そのように周りの空気を取り込んでいくようなものが時代にふさわしいのではないかと思っています」

建築で使われる3DCADやプログラミングといった最先端テクノロジーと、陶芸の伝統的なたたら技法を組み合わせてつくる奈良の作品。切り出した板状の白磁を立体的に重ねた処女作「Bone Flower」は、内と外の境界があいまいで、光と影をはらんでいる。置かれた場所や環境でさまざまな表情を見せる、軽やかさが特徴だ。

「いろんな境界がほぐれて、だんだんなくなっていくというのが現代的な発想だと思うんです。陶芸は何万年もかけて僕らの生活に根付いてきた芸術で、実はずっと変わっていないんじゃないかと思う。対して建築は、いろいろなトレンドを掴んで応用するというムーブメントが起きている。最先端の考え方やメソッド、面白い人たちなど、そういうところから影響を受けたり、考え方を捉えることで、陶芸を次のステージに上げたいという社会的な意義を感じています」

こうした考えには、東京藝術大学大学院を休学し、多治見市陶磁器意匠研究所に2年間通った経験も大きく影響している。1年目に基礎を学び、2年目には自分のバックボーンやオリジナリティの中から作品を考えることを課された。そこで、必然的に建築から陶芸を捉えるという命題に行き着いた。

「Bone Flower Jomon」は縄文土器からインスピレーションを得た器。鋭く尖り、上へ上へと躍動するようなフォルム。

「Bone Flower Yayoi」は簡素な弥生土器がモチーフ。内へ向かう優美なフォルムは、神へ祈りを捧げているようでもある。

同世代の表現者にインスピレーションを受けた新作

自然の地形を生かした高低変化に富む棟配置も佳水園の特徴。奈良の有機的なフォルムは庭の緑や岩肌にも溶け込むよう。

現地の面白い人たちと一緒に面白いことがやりたい。今回、佳水園での展覧会の話が持ち上がった時、奈良がまず思ったことだ。そして、タッグを組んだのが、西陣織の老舗、細尾の12代目細尾真孝、京都とゆかりのあるいけばな小原流五世家元・華道家である小原宏貴だった。

「みんな世襲制による家業を受け継ぐ何代目という立場。これまでやってきたことに囚われず、自由な気質でやっているところが似ているんだと思います。特に細尾さんの”テキスタイルをメディア化する”という考え方には感化されました。個の表現を越え、画一的でなく複合的な捉え方で、作品に社会性を込める。こういう考え方が時代を推進していくと思います」

新作「Lotus」は、細尾が手がける最先端の西陣織のテキスタイルにインスピレーションを受けたもの。細尾の工房を訪れた時、フラットだと思っていた西陣織が実は何層ものレイヤーが重なった立体構造だったことに驚いたことが発端だ。

「注意深く見ると十字絣の集合体でした。そこで、ろくろで引いた作品を、十字形をユニットに一つひとつ鉋(かんな)を使って手作業で削っていきました。果てしなく地道な作業で、ミスをしたり辻褄を合わせようとするとむしろ模様が有機的に変化していきます。そのダイナミズムも作品のよさだと思っています」

完成した作品は、織物にも折り紙にも見える。一連の長い制作プロセスが、泥からすっと茎を伸ばし美しい花を咲かせる蓮の成長の軌跡に重なり、「Lotus」と名付けた。柔らかな中に潜むシャープさ、凛とした清らかさもどこか共通する部分を感じさせる。

一方、「Bone Flower」の新作は、小原流独自の水平性に刺激されたものだ。これまで縦の作品が多かった奈良の造形に、横に広がっていく新しい世界観をもたらしたといえる。

奈良が衝撃を受けたHOSOOの立体的なテキスタイル。HOSOOは西陣織の技術を用いたテキスタイルをインターナショナルに発信するブランド。

小原流は、19世紀末に流祖小原霊心が「盛花(もりばな)」という新形式のいけばなを創始して、近代いけばなの道を開いたことに始まる。

個展名の”アンサンブル”に込めた思い

細尾は、奈良の新作「Lotus」に合わせて、プレースマットを制作する。

「今回、200種類を超えるHOSOOのコレクションから、器とのペアリングという観点で、器から生まれる立体的な世界を、テキスタイルという平面を用いながらさらにイマジネーションを広げ、深められるような世界観で取り合わせました。お互いがインスピレーションを与え合うことができる関係をカタチにしたコラボレーションです」

そして、小原は、新作の「Bone Flower」を花器に見立て、会場で盛花を行う。事前打ち合わせのない即興的なセッションが見どころだ。

「奈良さんの『Bone Flower』の有機的で先鋭なフォルムから立ち昇るエネルギーは、これから花を咲かせようと大きく膨らんだ蕾や、芽生えてすぐの新芽が持つ力強さと似ている、と感じていました。植物の持つみずみずしさや優しさが『Bone Flower』と出合うとどんな化学反応がおきるのか。予測不能な邂逅が今からとても楽しみです」

今回発表されるのは「Bone Flower」シリーズの新作と、新作「Lotus」シリーズを合わせた20点以上。会場構成を手がけたのは奈良自身。建築家としての視点から、佳水園へのリスペクトと宿泊客への配慮として、外部と内部のバッファ空間に作品を並べ、展示台にガラスを使うことを考えた。

個展名の「ENSEMBLE」は、調和・掛け合いの意味をもち、音楽においてはふたり以上の演奏を示す言葉として使用されるもの。お互い影響を与え合い、価値観が更新されて新しいものが生まれる、という意味が込められている。第一線で活躍するクリエイター同士のアンサンブル、そして建築や空間とのアンサンブル。「コロナ禍で社会の分断が取り沙汰されているけれど、これからはその反動として調和やチームといった考え方が主流になってくる」という奈良のメッセージを会場で直に感じてほしい。

佳水園は、村野藤吾が設計し、作庭は小川白楊、そしてリニューアルを中村拓志が手がけた数寄屋風別館。

1989年、十一代大樋⻑左衛門の⻑男として金沢市に生まれた奈良。その創作スタイルは、イネ科の植物に着想を得た「Bone Flower」、金沢の雪景色をアートに昇華した「Ice Wall」のように、ある事象に感化されたデザインを3DCADやプログラミングによって研究し、そこから見えてきた模様を手作業で成形していくというスタイル。新しい時代へ向かう伝統工芸の若き担い手。photo:Yuki Saito

個展『ENSEMBLE』
開催期間:7月17日(土)〜7月25日(日)
会場:ウェスティン都ホテル京都 数寄屋風別館「佳水園」
   京都府京都市東山区粟田口華頂町1
TEL:075-771-7111(代表)