人はどうしたら幸せになれるのか? 哲学界のロック・スター、マルクス・ガブリエルの答えがここにある。

  • 文:赤坂英人

Share:

『マルクス・ガブリエル 欲望の時代を哲学する』丸山俊一/NHK「欲望の時代の哲学」制作班 著 NHK出版 ¥886(税込)

「東京は、本当にとても洒落た街だね。多くのファッションが行き交い、多くのお金も行き交っている。都市が進化を遂げると美しい女性や男性が存在するようになる、というわけだ。彼ら彼女らが生存するための材料がすべてあり、そして選別されていくんだ。『美しい人』だけが生き残っていく、というわけだ。」(『マルクス・ガブリエル 欲望の時代を哲学する』第Ⅰ章より)

世界的ベストセラーとなった哲学書『なぜ世界は存在しないのか』の著者である、マルクス・ガブリエルの日本での滞在記録をまとめた『マルクス・ガブリエル 欲望の時代を哲学する』が大きな評判となっています。哲学界のロック・スターと呼ばれるガブリエルは、1980年ドイツ生まれ。29歳の時、史上最年少で名門ボン大学哲学科教授に就任した”天才”です。

その彼が来日したのは2018年6月。約1週間ほど滞在し、東京、大阪、京都を精力的に巡り、数多くの取材を受け、大学などで講演をしました。7月にはNHKで滞在時の様子を捉えたドキュメンタリー番組が放送され、評判に。番組は再放送を重ね、さらに大きな反響を呼びました。そして18年12月、NHKエンタープライズ番組開発エグゼクティブ・プロデューサーの丸山俊一とNHK「欲望の時代の哲学」制作班による、同番組を書籍化した本書が出版されたのです。

この本は哲学・思想関連としては異例の増刷を重ね、19年3月現在で累計部数3万5千部を突破。哲学界のミック・ジャガーのようなガブリエルが、私たちに与えたインパクトは大きかったと言うべきでしょう。いったいなぜ、こうした現象が起きたのでしょうか。

まずひとつの理由は、番組に登場したガブリエルがとても魅力的な人物だったからです。彼は新橋の飲み屋で偶然出会ったOLや、大阪・通天閣下の路上のお兄さんをはじめ、誰にでも気さくな態度で接し、判りやすい英語で彼らの疑問に明快に答えたのです。その姿はまるで、時空を超えて現れた21世紀のソクラテスのようでした。古臭い日本の哲学教授のイメージを破壊し、現代の哲学の最前線にいる人間の思考の論理と感受性の一端を垣間見せたのです。

ふたつ目として、そうしたガブリエルが東京、大阪、京都を旅をしながら語った言葉が、秀逸な哲学的断片になっていたことでしょう。数年前に別の番組の取材でガブリエルと出会っていた丸山は、本書にこう書いています。

「彼の真骨頂は、フットワークのよいフィールドワーク的な知のあり方にある。森羅万象、現代社会の様々な問題に応えるべく、いつも頭と身体を動かし続け、心を砕く。(略)具体的な問いに寄り添い、考え、言葉を紡ぎ続けるその姿勢は、「臨床心理学」ならぬ「臨床哲学」とも言うべきありようを連想させた。」

丸山による序章から始まり、第1章はガブリエルが旅の途中で語った言葉の断片をまとめたもの。第2章はガブリエルによる「戦後哲学史」講座。第3章ではロボット研究で知られる科学者の石黒浩との対談。そして丸山による終章という5部構成。テレビ番組のサブテキスト以上の、非常に内容の濃い本となっています。最後に、ガブリエルの言葉を引用します。彼の考えが面白いと思ったら、一度本を手に取ってみてください。

大阪・通天閣近くの路上で、お兄さんが、聞きました。「どうしたら幸せになれますか」と。するとガブリエルは言いました。

「みな、それを知りたいですよね?大事なのは、そこに包括的なルールはない、ということです。幸せは絶対に、ここ以外のところにはない、と、わかることでしか幸せにはなれないんです。いまは幸せでも、10分後には死んでしまうかもしれない。いま、幸せはそこにあるか、2度と来ないかどちらかなのです。あなたはいま幸せですか? これは、あなたの人生におけるよい時ですか? もしそうでないのならば、考え方を変えたほうがいい。いま、いまです! 明日は死ぬかもしれませんから。技術的な問題ではありません。それだけが、それだけが重要なことです」