ネットで話題の「食い尽くし系夫」を、男性問題として考える

  • 文:福田フクスケ

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ネットでは、ひとつのジャンルを形成するトピック

 

「食い尽くし系夫」というネットスラングをご存知だろうか。2ちゃんねる(現・5ちゃんねる)の「生活板」や、読売新聞が運営する悩み相談サイト「発言小町」、女性向けの電子掲示板「ガールズちゃんねる」など、主に既婚女性が集う掲示板サイトで定期的に取り上げられ、ひとつのジャンルとして成立するくらいその界隈ではおなじみのトピックだ。「食い尽くし系夫」の被害報告としてよく寄せられるのは、以下のようなケースである。

 

・食卓に出した大皿料理を、妻や子供の分を考えずに一人で食べ尽くしてしまう。

・翌日の分やお弁当のために作り置きしておいた料理を、夜中に冷蔵庫を漁って全部食べてしまう。

・一人分を取り皿に分けても、「もうお腹いっぱいだよね?」「食べてあげようか?」などと理由をつけては、妻や子供の分にも手を出す。「1口ちょうだい」と言ってほとんどを食べてしまう。

 

「食い尽くし系夫」をもつパートナーは、「それ以外ではいい人なのに、食のことになると話が通じなくなる」としばしば口にする。とにかく食に対する執着が強く、あったらあっただけ食べてしまうのが彼らの特徴だ。注意しても改めないし、そもそも家族の分まで食い尽くしている自覚がない、「余ったもの食べて何が悪いの?」「たかが食べ物のことでそんなに言うのは卑しい」と食べるための言い訳や逆ギレをしてくるなど、その言動パターンには驚くほど共通点が多い。

 

また、「男兄弟で育ったので食べ物は早いもの勝ちだった」といった生育環境や、家庭でのしつけと相関関係があるとも限らない。単に性格や食い意地といった個人の問題では説明できないものを感じるのだ。では、「食い尽くし系夫」の正体とは一体なんなのだろう。

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安易な「摂食障害」「発達障害」原因論は危険

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まず、ネットでよく言われるのが、ある種の摂食障害や依存症の可能性だ。食べ物を前にすると家族のことが考えられなくなり、取り憑かれたように食べ続けてしまう、問題行動を指摘されても認めない、他人の食事に手を出していい理由をでっちあげる、といった言動は、確かにアルコールやパチンコ、痴漢や万引きといった依存症の特徴と似ている。

 

また、見えるものはすべて食べないと気が収まらず、理性のコントロールが利かなくなる様子からは、ある種の強迫観念のようなものも感じる。目の前のものをあるだけ食べ尽くしたときだけ、一瞬、日頃のストレスやつらい気持ちなどから解放された。そんな経験を脳が学習してしまい、やめられなくなってしまった可能性は十分考えられる。

 

だが、「食い尽くし」が摂食障害や依存症の一種であるという専門家からのはっきりした見解はまだ出されていない。現段階で素人が予断を下し、安易に病理化してしまうのは避けるべきだ。

 

また、これもしばしば見かけるのが、「食い尽くしは発達障害の特性が引き起こしているのではないか」という説だ。好物を食べることにこだわって夢中になってしまったり、あるいは家族の食べたい分量やペース配分を察することができずに自分の食べたい分だけ食べてしまったりするのは、その人の対人コミュニケーションや社会性に、定型発達の人と異なる特性があるから、というわけだ。

 

しかし、ある人が発達障害かどうかは多分にグラデーションを含むため、これも一般人が白か黒かをジャッジするべきではない。単純に「障害のせい」としてしまうのは、むやみなレッテル貼りや差別の温床になってしまうだろう。

 

もちろん、摂食障害や依存症、あるいは発達障害がひとつの要因になっている側面はあるかもしれない。だがそれ以上に、「食い尽くし」がほとんど男性にしか見られないことから、そこには少なからず「ジェンダーの問題」が関わっている気がしてならないのだ。

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男性特有のジェンダー問題が背景に?

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一般的に男性は、子どもの頃からよく食べるほど褒められてきた。そのせいか、体型や活動の維持のために大量の食事が必要だった育ち盛りの思春期をとっくに過ぎても、暴飲暴食のクセはそのままという人が多い。

 

例えばオフィス街のランチタイムは、サラリーマン男性に合わせて大盛りやおかわり無料がデフォルトになっている飲食店が多いが、いくら働き盛りとはいえ、肉体労働に従事しているわけでもなく、筋肉量も代謝も落ちた中年男性にあんなに高カロリーの食事が必要なのか、いつも疑問に思っている。

 

「たくさん食べることは無条件にいいことだ」という価値観が刷り込まれたまま、自分に必要な栄養量以上の食事をどか食いし、苦しいほどお腹いっぱいにならないと食べた気がしない、というふうに感覚が麻痺している男性は多いのではないか。

 

さらに、食い尽くし系夫の多くが「家庭内でしかやらない」「妻や子どもを相手にしたときだけ発動する」という点は重要だと思う(一部には職場の飲み会や会食でも食い尽くしてしまう筋金入りもいるようだが)。その背景には、「自分の身内に対していちいち気を使う必要はない」「せめて家の中くらいは自分の欲求やわがままが押し通る場所であってほしい」という甘えた考えが見てとれるからだ。

 

もっとうがった見方をしてしまえば、家庭内で自分がもっとも優位であることを示したい(あるいは、優位であることを確認できないと不安だ)という心理を男性は抱きがちだ。仕事の立場や実績でマウントをとる人もいれば、経済的に大黒柱であることを根拠に支配する人もいる。そのレパートリーのひとつとして「食べたいものを食べたいだけ食べる」という手段をとる人もいるとは考えられないか。

 

一般的に、男性のほうが食欲旺盛で食べる量も多い傾向にあるし、また、女性がメインで炊事や食材の管理、お弁当づくりなどを担っている家庭はまだ多い。そこで、男性が手っ取り早く自分の優位性を示し、関係性をコントロールできるのが、「妻の領域」である「食」の支配というわけだ。

 

確かに、何らかの障害や病気という側面がまったくないわけではないだろう。実際には、さまざまな要因が複合的に絡み合って「食い尽くし系夫」は生まれていると考えられる。しかし、なぜ食事なのか、なぜ家庭内なのか、なぜもっぱら男性に見られる現象なのかを考えたときに、男性が男性であるがゆえに抱えている問題に目を向けることは、決して的外れではないはずだ。

【執筆者】福田フクスケ

フリーランスの編集&ライター。週刊SPA!の編集を経て、現在は書籍編集。構成・編集協力した本に、田中俊之・山田ルイ53世『中年男ルネッサンス』(イースト新書)、プチ鹿島『芸人式新聞の読み方』(幻冬舎)、松尾スズキ『現代、野蛮人入門』(角川SSC新書)など。ご依頼は fukusuke611@gmail.com まで