まったく同じ夢を見ていた、不器用なふたり。ベルリンで4つの賞に輝いた、ラブストーリー『心と体と』

  • 文:細谷美香

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ヒロインを演じるのは舞台で活躍する若き女優。恋の相手となる上司を演じたのは、演技初挑戦の編集者だそう。2017ⒸINFORG - M&M FILM

夢をモチーフにした作品といえば、ミシェル・ゴンドリー監督のラブストーリー『恋愛睡眠のすすめ』、クリストファー・ノーラン監督が夢の中に潜り込んでアイデアを盗んでしまうスペシャリストたちのミッションを描いた『インセプション』などが思い浮かびます。ハンガリーから届いた『心と体と』が独創的なのは、交流のなかった男と女がまったく同じ夢、しかも自分たちではなく雄と雌の鹿が出てくる夢を見ていた、という奇妙な符号から物語がゆっくりと動き出すところです。

ブダペスト近郊にある食肉処理場。代理職員として働き始めたマーリアは人とコミュニケーションをとることが苦手な女性。どうやら目の前の出来事や言葉を額面通りに受け取ってしまうらしく、無駄話というものも苦手なようです。同じ職場で働く片手が不自由な中年男、エンドレは上司として彼女のことを気にかけますが、会話は上滑りするばかり。そんなある日、職場で起きた盗難事件の解決のために全従業員が精神分析医のカウンセリングを受けることになり、マーリアとエンドレは自分たちが、まったく同じ夢を見ていることを知るのです。

孤独であることにさえ無自覚なように見えるマーリアは、自分のリズムとルールで生きてきた人です。けれどもエンドレと出会った彼女は、人形を使っておしゃべりの練習をしたり、音楽を聴いて心を潤したりしながら、おずおずと自分の殻を破って新しい一歩を踏み出していく。その変化がとてもチャーミングで、生きづらさを抱え続けてきたであろう彼女の恋を応援したくなってしまいました。ハンガリー語には親しい話し方と丁寧な話し方があるそうで、慎重に距離を縮めていくふたりがいつまでも丁寧な言葉で話すシーンには、敬語萌えする人もいるかも!?

二匹の鹿が見つめ合う、しんと静まり返った雪に包まれた森の中。夥しい量の血ともに牛の解体作業が行われている清潔な食肉処理場。まったく対照的なふたつの場所は、ふたりにとって“夢と現実”なのではなく、タイトルが示すように“心と体”を象徴する場所なのかもしれません。理屈を超えた本質的なつながりを信じさせてくれる、ロマンチックなラブストーリーです。

2017年のベルリン映画祭では金熊賞をはじめ4つの賞に輝いたハンガリー映画。2017ⒸINFORG - M&M FILM

監督は『私の20世紀』がカンヌ映画祭でカメラドール(新人監督賞)を受賞、18年ぶりに長編を発表したイルディコー・エニェディ。2017ⒸINFORG - M&M FILM

『心と体と』
監督:イルディコー・エニェディ
出演:アレクサンドラ・ボルベーイ、ゲーザ・モルチャーニほか
2017年 ハンガリー映画 1時間56分
4月14日より新宿シネマカリテほかにて公開。
www.senlis.co.jp/kokoroto-karadato