1年間密着取材した映画『樹木希林を生きる』が伝えてくれ...
文:細谷美香

Profile : 映画ライター。コメディや青春映画から日々の生きるエネルギーをもらっている。クセが強くて愛嬌がある俳優に惹かれる傾向あり。偏愛する俳優はニコラス・ケイジです。

1年間密着取材した映画『樹木希林を生きる』が伝えてくれる、愛と優しさと覚悟。

『モリのいる場所』『万引き家族』のほか、『日々是好日』などの現場にも密着。©NHK

昨年9月にこの世を去った、樹木希林さん。彼女が残した言葉を編んだ書籍がベストセラーになるなど、いま注目される女優のひとりです。映画『“樹木希林”を生きる』は、1年間という長期密着取材をしたNHKスペシャルに未公開映像を加えて再編集した作品。がんを患いながらも『モリのいる場所』『万引き家族』など4本の映画の現場に、「近所に買い物に行くみたいに」自ら運転する車で向かう彼女にカメラが向けられています。

ヘアメイクの若いスタッフが結った髪型に納得できないときには、資料をちゃんと見て「自分で感じて」と伝え、そのすぐあとで「大丈夫よ。責任はもたせないから。おばあさんは勝手なことを言う存在だから意見を言っていいのよ」と言葉をつなげる。また、「もしも真新しいふきんと包丁が用意されていたら嫌だなと思ったから」と自宅から私物を持参しつつも、イメージ通りのものが小道具として用意されていたときには「ありがとう」と感謝を伝える――。周囲の人がなぜ樹木さんを慕うのか、なぜ彼女が誰にも真似のできない特別な女優なのか、その所以がすぐに伝わるような映像が続き、さらに彼女が設定上の疑問を投げかけたことで是枝監督が脚本を書き換えたという『万引き家族』の舞台裏も収められています。

言葉の端々に樹木節ともいえるユーモアが漂いますが、次第にこのドキュメンタリーは、スリリングな様相を呈してきます。樹木さんが本作のディレクターに「これをどうしようと思っているの?」と苛立ちを感じるのも、むべなるかな。体調の優れないなか自家用車でディレクターを送り迎えして(!)、本番直前までインタビューに答えたりしているというのに、漫然とカメラをまわしているようにしか見えなかったのでしょう。

樹木さんの問いに答えることもできないまま、ディレクターが自分の家庭のことを相談しはじめたりするシーンまであります。何とも頼りなく、甘えの姿勢も見え隠れするけれど、このディレクターだからこそ樹木さんは放っておけず、結果的には貴重な映像が撮れたといえるかもしれません。そして、この密着取材を作品づくりと捉え、「目玉がないとね」とあるものを差し出した彼女。その姿から、まさに“樹木希林”を生きた人の、愛と優しさと覚悟が伝わってきます。

『樹木希林 遊びをせんとや生まれけむ展・完全版』も10月15日まで開催中。©NHK

撮影の合間に手仕事をしたり、自宅での取材など、貴重なシーンが続きます。©NHK


『“樹木希林”を生きる』

監督/木寺一孝
出演/樹木希林ほか
2019年 日本映画 1時間48分 
シネスイッチ銀座ほかにて公開中。
http://kiki-movie.jp