スペインの新鋭女性監督が描き出す、子ども時代の夏のスケッチ『悲しみに、こんにちは』

  • 文:細谷美香

Share:

主人公を演じるのは1000人近い子どもたちの中からオーディションで選ばれたというライア・アルティガス。Ⓒ2015, SUMMER 1993

『永遠のこどもたち』で脚光を浴び、『ジュラシック・ワールド/炎の王国』が公開中のJ・A・バヨナなど、才能あふれるスペイン出身の監督たちに、もうひとり注目の新鋭が加わりました。長編デビュー作『悲しみに、こんにちは』が国内外ですでに高い評価を得ているカルラ・シモン監督です。

彼女自身の実体験をもとにしているというこの作品の主人公は、ある病で母親を失い、バルセロナからカタルーニャの田舎へとやって来た女の子・フリダ。新しい家族のもとで、これまでとはまったく違う暮らしを始めた彼女の心模様を、丹念にスケッチしていきます。叔父と叔母は優しく、まだ幼いいとこも彼女を慕ってくれますが、なかなか環境に馴染むことができないフリダ。時には叔母が前髪をすいてくれた櫛を車の窓から放り投げ、いとこを森の中に置き去りにしてしまうこともあります。母を失った悲しみと、早く新しい家族の一員になりたいけれど、うまくいかないもどかしさ。子どもと少女の間にいるフリダのまだ小枝のような身体のなかには、上手に言語化できない思いがあふれているのだと思います。この映画にはフリダの“わからない”をそのまま肯定するような優しさが感じられました。

シモン監督は、ささやかな抵抗を繰り返すフリダの感覚を、カタルーニャの陽光の中で包み込むように映し出し、一方で怯えと畏れを呼び起こす鮮やかな血をモチーフにしながら、フリダの母の命を奪った“ある病”についても明かしていきます。原題でもある“SUMMER1993”の時代に世界を覆っていたムードが鮮やかに感じられるのは、監督の自伝的要素が強い作品だからかもしれません。分け入った記憶の森には、本能的に感じていたであろう死の香りも漂っています。

叔父や叔母がなんとか彼女を迎え入れようとする気持ちも描かれ、大人の目線で見てもとてもフェアな作品になるところが素晴らしい。ずっと泣けなかったフリダが初めて悲しみにあいさつをして、流す涙の成分はいったいなんなのか。監督のパーソナルな物語に触れながら、観客自身の思春期手前の感覚を呼び覚ますような、豊かな広がりのある作品です。

ベルリン映画祭などで新人賞を受賞、アカデミー賞外国語映画賞のスペイン代表にも選ばれている作品。Ⓒ2015, SUMMER 1993

スペイン・カタルーニャの田舎で自給自足の生活を送っている叔父と叔母たちは、主人公フリダを温かく迎えるが……。Ⓒ2015, SUMMER 1993

『悲しみに、こんにちは』

監督:カルラ・シモン
出演:ライア・アルティガス、パウラ・ロブレス、ブルーナ・クッシほか
2017年 スペイン 1時間36分
渋谷ユーロスペースほかにて公開中。
kana-shimi.com