アメリカに衝撃を与えた一枚の写真。撮影したフォトジャーナリストが伝えたい思いとは。

  • 文:久保寺潤子

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2018年6月12日、テキサス州マッカレンで、母親が国境監視員の取り調べを受けている間、泣き叫ぶホンジュラスの子ども。2019年世界報道写真展「スポットニュースの部」で、大賞を受賞した写真です。photo: John Moore/Getty Images

2018年、アメリカ国境巡視隊に母親とともに拘束されて泣き叫ぶ女児の姿をとらえた1枚の写真が、アメリカ国内外で議論を巻き起こし、トランプ政権のゼロトレランス(不寛容)政策に影響を与えました。フォトジャーナリストのジョン・ムーアが撮影したこの写真は、2019年世界報道写真展「スポットニュースの部」で大賞を受賞。現在、東京で開催されている同写真展のために初来日した彼に話を聞きました。

「人々はなぜ住み慣れた場所を離れてアメリカへ向かうのか。それを知るため私は8年ほどラテンアメリカに住み、暴力や貧困の実態を目にしてきました。特にメキシコの国境問題に関しては、ここ10年で事態は大きく変化しました。以前は男性が仕事を求めて移動するのが大半でしたが、現在は亡命という形で家族単位での移動が増えています。その結果、幼い子どもたちが牢屋のような環境で過ごすことを余儀なくされている。これはもはや人道的問題です」

アメリカの大手フォトエージェンシー、ゲッティイメージズの特派員として世界中を飛び回るムーアは、オバマ政権時代の2008年から「移民」をテーマに撮影を続けています。彼が移民を撮り始めた頃、このテーマは今ほど注目されていませんでした。しかし、2010年頃から移民に対する偏見や恐怖心がアメリカ各地でふつふつと湧き出し始めたといいます。

「トランプ大統領はこの状況を政治に利用したと言えるでしょう。彼のゼロトレランス政策に対して核心に触れた写真が少なかったこともあり、結果としてこの写真はソーシャルメディアで驚くほど拡散されたのです」

ジョン・ムーア●1968年、アメリカ・テキサス州出身。90年テキサス大学を卒業後、AP通信社入社。2005年ゲッティイメージズに入社し、08年までパキスタンのイスラマバードに在住。10年以降はアメリカの移民問題をテーマに撮影を続ける。受賞歴は計4回の世界報道写真賞、ピューリッツアー賞、ロバート・キャパ・ゴールドメダル賞など多数。photo: Xavi Torrent/Getty Images

「写真を通してストーリーを伝えたい」

これが、ムーアが報道写真家を志した原点です。写真で人を惹きつけ、感情移入させることによって、初めてそれに付随したストーリーに関心を寄せてもらうことができる。大学を卒業後してAP通信社に入社後は5大陸75カ国以上で撮影を行い、2005年にゲッティイメージズに入社してからはパキスタンのイスラマバードに在住し、南アジアやアフリカ、中東を取材。元パキスタン首相の暗殺現場やエボラ熱が流行したリベリアなど過酷な現場に足を踏み入れ、自身も命を脅かされる危機に直面しました。アメリカ人として国境巡視隊に随行して移民を撮影するにあたっては、常に心がけていることがあるといいます。

「どんな立場の人を取材する場合でも、同じアプローチを取るようにしています。なにが正しくてなにが間違っているという視点ではなく、そこで起きていることの記録を残すことが大切なのです。いま、ここであなたの身に起こっていること、あなたのストーリーを伝えたいので写真を撮らせてくれないか、という姿勢で被写体と真摯に向き合い、正直な気持ちを伝えます」

テキサス州に建設中のアメリカ・メキシコの国境フェンス。国境警備隊によれば、2013年に撮影された時点で、不法移民の数は50%以上増加しました。photo: John Moore/Getty Images

正確な情報を伝えるのも、報道写真家の大きな使命。

2019年2月、母親のサンドラ・サンチェスから連絡を受け、ムーアが親子と再会したときの様子。photo: John Moore/Getty Images

今回、世界報道写真展で大賞をとった写真に写っている母親、サンドラ・サンチェスとは、その後も連絡を取っているといいます。

「彼女たちはいまも収容所を転々としながらアメリカ国内を流浪しています。収容所の環境はひどいもので、アイスボックスと呼ばれる冷蔵庫のように寒い場所や、柵で囲まれた犬小屋のような場所に何千という家族が拘束されているのです。娘のヤネラは逃亡生活のなかで、もうすぐ3歳になろうとしています。2018年にこの写真を撮影したときは、キャプションに『親子が離れ離れになってしまうのか、わからない』と書いたのですが、結果的に親子は引き離されることなくともに過ごしていると知り、安堵しています。私も4歳の子を持つ親として、写真を撮った時は非常に感情が揺さぶられましたから」

報道写真家としてあるべき客観的な立場と、個人として沸き起こる感情の間で揺れる心境を包み隠さず語るムーアの真摯な姿勢に、困難な状況下にも関わらず世界中の多くの人たちが心を許し、被写体となったのは想像にかたくありません。

2014年9月、テキサス州マクラーレンにある未成年の移民のための収容施設で、映像を眺めるホンジュラスの少年。「アイスボックスのように寒い場所」とムーアは語ります。photo: John Moore/Getty Images

2019年2月、移民裁判を待ちながら、東海岸を流浪し続けているサンチェス親子。入国裁判を求めていますが、いまだ初聴聞すら受けることができずにいます。photo: John Moore/Getty Images

「写真を撮るときは真心をこめて、キャプションを付ける時には正確な情報を。これが報道写真家にとってきわめて重要です」

ソーシャルメディアでは写真だけがひとり歩きをしてしまいがちで、正確な情報が伝えられないことに対するジレンマも感じているそうです。とはいえ、報道写真の発表の場が新聞からインターネットに取って代わられようとしている現代にあって、どんな形であれ、伝え続けることが大切だともいいます。

「スマートフォンが普及して、一般の人がいまだかつてないほど多くの写真や報道に触れている時代。大統領はツイッターで次々にメッセージを発信しますが、われわれは移民問題に対してもっと深く掘り下げた形で多くの人に事実を伝えたい」

世界中で写真が氾濫する世の中だからこそ、危険を冒してでもありのままの事実を伝えようとする報道写真に、私たちは世界の重みを感じることができるのです。

世界報道写真展 2019

開催期間:2019年6月8日(土)~8月4日(日)
開催場所:東京都写真美術館 地下1階展示室
東京都目黒区三田1-13-3 恵比寿ガーデンプレイス内
TEL:03-3280-0099
開館時間:10時~18時(木曜、金曜は20時まで、7/18、7/19、7/25、7/26、8/1、8/2は21時まで) ※入館は閉館の30分前まで
休館日:月(祝日の場合は翌平日)
入場料:一般¥800(税込)
https://www.asahi.com/event/wpph

※その後、大阪、滋賀、京都、大分を巡回