いまもっとも注目の映画、“信じること”と向き合う、骨太な人間ドラマ『怒り』がいよいよ公開です。

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    原作のイメージに寄せて、体重を増やしたという宮﨑あおい。渡辺謙がすべてを受け止める父親を演じています。

    年末に日本映画のベストワンを決めるのは難しいだろうなぁと、いまから頭を悩ませているほど、いくつもの傑作が公開されている今年。多くの人にとって、『怒り』もそのなかの1本に入る作品になるのではないでしょうか。芥川賞作家・吉田修一と李相日監督といえば、『悪人』でもタッグを組んだ名コンビ。『悪人』では脚本も手がけた吉田修一ですが、本作では「僕はできません」と語ったそうで、李監督のみが脚本を執筆しています。それほどまでに“小説でしかできないこと”に挑んだミステリーだといえるかもしれません。


    東京、八王子の一軒家で起きた、室内に「怒」という血文字が残された凄惨な殺人事件。若い夫婦を殺し、整形して顔を変えたといわれている犯人が逃亡してから1年後。3つの場所に、素性の知れない男が現れます。家出をして歌舞伎町の風俗店で働いている愛子が戻って来たのは、千葉の港町にある実家。彼女は、最近この町に現れ、父と一緒に働くようになった青年と惹かれ合います。ゲイの会社員、優馬が新宿のサウナで出会ったのは、どこから来たのかもわからない男、直人。同じ頃、沖縄の無人島では、高校生の泉がバックパッカーの田中と遭遇します。やがてテレビで流れた殺人事件の犯人の手配写真は、それぞれの青年にどこか似た面差しをしています。


    出自のわからない3人の青年を松山ケンイチ、綾野剛、森山未來が演じているのですが、このモンタージュ写真が実によくできていて、どの男が犯人でもまったくおかしくないと思える完成度。映像化の面白さはこういったところにも表れているのですが、最も驚かされたのは最後まで交わることのない3つの場所の物語が、滑らかにつながれていく編集の妙です。たとえば千葉に帰る電車のなかで音楽を聞いていた愛子が、「おとうちゃん、これ私が好きな『東方神起』」とイヤホンを手渡そうとすると、ズンドコズンドコとリズムが刻まれ、シーンは滑らかにゲイのパーティーピーポーたちがプールではしゃいでいるところへと移っています。3つの場所に限定された物語ですが、ここは紛れもなく私たちが生きている場所と地続きの世界なのだ。そう切実に感じる瞬間が、縫い目のない編集でつながれた物語を観ているうちに、何度も訪れるのです。


    端正で見事な編集や構成からときにはみ出し、どうしようもなくあふれ出てくる役者たちの熱量もすさまじく、李監督という人はいかにしてここまで役者の叫びを引き出し、追い込むのだろうかと、さらなる興味がわきました。そして、誰に頼まれたわけでもないのに同棲をして仲を深め合ったという妻夫木聡と綾野剛が醸し出す生活感は、この映画にさらなるリアリティを吹き込んでいます。ちなみに原作を読んでから映画を観ましたが、最後まで緊張感が途切れることはありませんでした。それはこの作品が犯人探しのミステリーではなく、目の前の人を信じられるのか? という問いと愚直なまでに向き合い、追い詰められ、自分の情けなさとも直面することになった人たちを描き切った、やるせなく骨太な人間ドラマだからなのだと思います。(細谷美香)

    吉田修一原作の『悪人』で主演をつとめた妻夫木聡(右)、『横道世之介』にも出演している綾野剛(左)。

    森山未來と広瀬すずが出演している沖縄のパートでは、強烈な夏の日差しが不穏さを感じさせます。

    ©2016映画「怒り」製作委員会 

    『怒り』

    監督・脚本/李相日
    出演/渡辺謙、森山未來、松山ケンイチ、綾野剛、広瀬すず、宮﨑あおい、妻夫木聡ほか
    2016年 日本 2時間22分 
    配給/東宝
    9月17日よりTOHOシネマズ日劇ほかにて公開。
    www.ikari-movie.com