「絵本ナビ」代表に訊く、大人が絵本を読む意義と“泣ける絵本”。

  • 写真:長尾真志(人物)、青野 豊(物)
  • 文:岩崎香央理

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年間利用者数が1000万人超、日本最大級の絵本情報サイト「絵本ナビ」。その代表に、大人が絵本を読む意義とお薦めの“泣ける絵本”を訊いた。

金柿秀幸●絵本ナビ 代表取締役社長。1968年生まれ。大手シンクタンクでシステムエンジニアを務め、2001年に娘の誕生を機に退職。育児に専念した後、絵本ナビを設立。ファザーリング・ジャパン初代理事。著書に『大人のための絵本ガイド』など。

対象年齢やテーマごとの細やかな分類と、作家へのインタビューや各種ランキングといった豊富なコンテンツを軸に、絵本専門サイトとして圧倒的なシェアを誇る「絵本ナビ」。その利用者数は年間1000万人以上で、登録タイトルは7万5000冊を超える。なかでも充実しているのが読者レビューと、新刊から名作まで多様なアプローチで検索できる分類システムだ。「男泣きする絵本」「美味しそう!な絵本」「アートな絵本」など、他にはないバラエティ豊かな切り口で、テーマに沿った絵本を薦めてくれる。代表の金柿秀幸さんは、絵本ナビの強みをこう語る。

「リアル書店での選書フェアは、期間が過ぎると本を片づけないといけませんが、ネットではテーマごとに選書した情報を無限にストックしていけます。こんな気分に浸りたい時にはこの絵本を、というように自分好みのセットリストをいつでも探せるわけです」

大人が自分のために読む、そんな絵本があっていい。

また、絵本ナビならではの画期的なサービスが、2000冊を超える対象の絵本をそれぞれ一度だけ通して読むことができる「全ページためしよみ」という仕組みだ。そんなことをしたら、買わずに満足して本が売れなくなるのでは? そんな疑問が浮かぶが、金柿さんからは聞けば納得の答えが。

「本屋に行って、絵本を読まずに買うことってないですよね。子どもが喜びそうな話か、絵のタッチはどうかなど、必ず中を見るはず。しかも絵本は気に入ったら何度でも読む。読まなきゃ買わないし、読んだら終わりではない」

実際に、このサービスを開始してから売り上げが何倍にも伸びた絵本も多いという。そんな、絵本のことならお任せという金柿さんに、大人にお薦めの絵本について訊いてみた。

「仕事などでプレッシャーを強く受けると、人は、むき出しでは戦えません。自分の心をガードしながら物事を処理する中で、本来は誰の心の根っこにもある瑞々しくやわらかな感性が、隅に追いやられてしまう。絵本は低刺激のメディアといわれますが、刺激の強いメディアから離れて余白の多い物語を読むことで、もといた位置に心をスッと戻してくれる。気づかないうちに抱え込んでしまったものを解き放つような作用が、絵本にはあると思います」

“泣ける絵本”とは別に、金柿さんが“心に残る一冊”として挙げてくれた『フレデリック』は、まわりとは違う考えや行動をするねずみが、ポジティブに認められるという話。大企業を脱サラして絵本の仕事をいちから始めた頃の自分の姿に、この物語が重なるという。そしてもう一冊。

「『スーホの白い馬』は、スーホの身に起こる不条理に悔し泣きしたくなりますが、仕事で理不尽な状況に遭遇することって、よくある話。そんな時に『これってスーホだよな』と自分の身をメタファーに置き換えれば、辛さを客観視できます。心に物語をもつと、いろいろな場面で使えますよ」


金柿さんのマイ・ベスト絵本『フレデリック』

レオ=レオニ 作 谷川俊太郎 訳 好学社 1969年

冬に備えてせっせと食糧を集めるねずみたちの中で、変わり者のフレデリックだけがみんなと違って働かない。『アリとキリギリス』に状況は似ていますが、感じ方は逆。みんな、『働かないなら出て行け』とは言わずに彼の存在を認め、むしろ、君って詩人だねと誉めたたえるのがいい。フレデリックは色や光や言葉といった芸術をみんなに与え、人と違った個性でポジティブに受け入れられるんです。


絵本ナビを始めるきっかけとなった一冊『はらぺこあおむし』

エリック=カール 作 もりひさし 訳 偕成社 1976年

起業準備をしながら育児に向き合っていた頃、生後2カ月の娘に読んであげた本です。言葉はわからないのに笑ってくれた気がして。絵本を介して笑顔のフィードバックがもらえる、これは面白いなと思ったんです。それから絵本に興味をもち、妻のママ友たちに「各家庭の人気絵本ベスト5」をリサーチしたことがレビューサイトを立ち上げるきっかけに。エリック=カールの絵本の美しさや完成度の高さには、大人もぜひ触れてほしいですね。


「絵本ナビ」ってどんな会社?

絵本にまつわる、あらゆる情報がここに。

 絵本と児童書専門のインターネット書店および読者レビューのコミュニティサイトとして日本最大の規模を誇り、作家インタビューやコラムなどの読み物コンテンツも豊富に揃える。絵本関連のグッズ販売も手がける一方、全国での読み聞かせイベントをはじめとしたワークショップなども行う。
https://www.ehonnavi.net/

泣ける絵本、鉄板の5冊。

世の男性の多くがそうであるように、絵本に触れる機会がこれまであまりなかったという人に向けて、胸がじんわり熱くなる鉄板の5冊を金柿さんの言葉で紹介。

『ちいさいおうち』ばーじにあ・りー・ばーとん 文・絵 いしいももこ 訳 岩波書店 1965年

いまだからこそ読んでほしい一冊です。自然豊かな田舎の景色が都市開発によって刻々と変化していく様子を描きつつ、定点観測のように、小さな家だけを同じ位置で描いています。僕はこれが行きすぎたネット社会の象徴に思える。IT化や文明の発展を否定する気はないですが、本当にそれがすべてか? 人間を幸せにしているか? ネット企業の経営者として、心の感性が鈍ることへの危機感を感じた時、本書を眺めます。

『100万回生きたねこ』佐野洋子 作・絵 講談社 1977年

100万回生きて100万回死んだ猫は、冷めた心と自己中心的な性格の持ち主。そんな鼻もちならない猫が、愛する者との出会いで変わっていく物語です。この本は読むタイミングによって感じ方が違ってきます。若い男性目線だと、やんちゃばかりしてきた自分が重なるかもしれませんが、たとえば子どもが大きくなってから読むと、人生には終わりがあることを自覚し、自分がなんのために生きているかを問いかけられている気がします。ハードボイルドな絵本。

『泣いた赤おに』浜田廣介 作 梶山俊夫 絵 偕成社 1993年

究極の選択とその葛藤を描いた物語。優しく気のいい赤鬼は、鬼と人間が仲よくなることを願い、村人をお茶に招待しますが、村人たちは警戒して逃げてしまう。そこで親友の青鬼は、自分が悪者になって赤鬼を助けますが、赤鬼は人間と打ち解ける代わりに大切なものを失います。この青鬼がいい奴だからこそ辛い。ストーリーの骨子がしっかりしていて、時代を超えていく力強さがあります。複数のパターンがありますが、これは梶山俊夫さんの絵がとてもよく、物語も原文のままなのが気に入っています。

『スーホの白い馬』大塚勇三 再話 赤羽末吉 画 福音館書店 1967年

「馬頭琴」というモンゴルの楽器をご存じですか? その由来となったお話です。スーホは大切に育て上げた馬を王様に奪われ、悲しい結末を迎えます。死や別れといった泣けるポイントはさておき、僕にとってのキーワードは「不条理」。権力者によって虐げられたり、褒められるべき場面で邪険に扱われたり。こうしたシーンは、実は大人の企業社会でけっこうあるんじゃないかと思うんです。涙をぐっと呑むようなシンパシーを感じますね。

『だいじょうぶ だいじょうぶ』いとうひろし 作・絵 講談社 2006年

おじいちゃんと男の子が散歩の途中で毎日いろんな物事に出合う話です。見慣れないもの、ちょっと危ないと思うことに男の子は不安や心配を感じますが、そのたびにおじいちゃんは「だいじょうぶだいじょうぶ」と言ってくれる。親だと言葉に責任をもたないといけないので、簡単には「大丈夫」と言ってあげられないけど、おじいちゃんだから言えるわけです。大人にとっても、直接的な利害のおよばない人間関係ってすごく大事。無責任な立場から大丈夫だよって言ってくれる人って、必要ですよね。

泣ける絵本、ツウな5冊。

絵本もそこそこ読んできた、という方にはこちらを。大人になったいまだからこそ、違った視点で楽しめるはず。

『綱渡りの男』モーディカイ・ガースティン 作 川本三郎 訳 小峰書店 2005年

実話をもとにした絵本です。1974年のニューヨークで、完成間近だったツインタワーにロープを張り、綱渡りを決行したフランス人の挑戦を描いたもの。多くの困難を振り切って上空で綱渡りをするシーンの「ここには、ぼくひとり、なんて幸せで、自由なんだろう」というセリフがカッコいいんです。自由を感じたくてここにいるんだ、という歓喜の気持ちにしびれますね。観音開きの構成で、広げると奥行きが増すという、絵の力にも圧倒されます。

『おじいちゃんがおばけになったわけ』キム・フォップス・オーカソン 文 エヴァ・エリクソン 絵 菱木晃子 訳 あすなろ書房 2005年

亡くなったおじいちゃんがエリックの前に現れ、なにかを忘れたけど、なにを忘れたか思い出せないと話すところから物語はスタート。ふたりは一緒に遊び、思い出を語りながらその忘れ物を探すのですが、少しとぼけたおじいちゃんとエリックの心温まる交流や、その先にやってくる本当の別れに、胸が熱くなる。死んでからも、いかに愛しているかを伝えようと頑張るおじいちゃんに感情移入してしまいます。

『八郎』斎藤隆介 作 滝平二郎 画 福音館書店 1967年

秋田県の八郎潟を題材にした物語で、滝平二郎の版画が加わって、なんともいえない迫力です。樫の木ほどもある大男・八郎は、自分がなぜそんなにも大きいのかと悩みながらも、もっと大きくなりたいと願います。ある日、波が荒れて田んぼが呑まれそうになった時、八郎は山を持ち上げて洪水をせき止めようとして……。生きていると、自分がなんのために生まれてきたのか悩むことってありますよね。そんな時、八郎の自己犠牲の精神と使命感が心に響きます。自分ならどうするかと、考えさせられます。

『ありがとう、フォルカーせんせい』パトリシア・ポラッコ 作・絵 香咲弥須子 訳 岩崎書店 2001年

お話を読んでもらうのが大好きで、絵を描くことも得意なのに、自分で本を読もうとすると理解ができない。そんなLD(学習障害)をもった女の子が、フォルカー先生との交流の中で心を開いていく物語です。先生との特別授業で字が読めるようになり、学校も好きになっていくのですが、実は、女の子は作者自身なんです。ひとりの先生の理解と熱意が、子どもの人生を変える。最も苦手だったものが得意になり、作家にまでなれたという感動の実話です。フォルカー先生みたいな大人に憧れますよね。

『森のおくから むかし、カナダであったほんとうのはなし』レベッカ・ボンド 作 もりうち すみこ 訳 ゴブリン書房 2017年

アントニオは森に囲まれた家に住む5歳の男の子。100年ほど前にカナダで本当にあった話で、アントニオは作者の祖父だそうです。罠があったり猟師がいたりするため、安全な森の奥に隠れてめったに姿を見せない動物たち。ある時、山火事が起き、人々は湖に逃げ込みます。そこに森の奥から動物たちもぞろぞろ出てきて……。動物と人間、種を隔てる柵がなくなる瞬間、みんなが生きものとしての一体感を醸し出します。自然への畏怖と、人種の多様性なども喚起させる話ですね。

こちらの記事は、2019年Pen 4/15号「泣ける絵本。」特集からの抜粋です。