「江戸ワンダーランド」の新たなる挑戦、 現代の生活に自然を取り戻す“SATOYAMA”づくりとは?

  • 文:Pen編集部

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江戸ワンダーランド代表のユキ・リョウイチさん(右)とアファンの森財団理事長のC.W.ニコルさん(左)。江戸の文化を再現した場所に里山を取り戻す「EDO—SATOYAMAプロジェクト」は、ふたりの悲願でもある。

──栃木県日光市にある、江戸時代の文化を再現したテーマパーク「江戸ワンダーランド 日光江戸村」(以下、江戸ワンダーランド)。ここで、現代の生活に自然を取り戻す「EDO—SATOYAMAプロジェクト」がスタートしました。今回のプロジェクトを手がけるのは、江戸ワンダーランド代表のユキ・リョウイチさんとプロジェクトの監修を担う自然環境保護活動の第一人者・C.W.ニコルさん。俳優やミュージシャンとしても活躍していたユキ・リョウイチさんは、若い頃からC.W.ニコルさんの大ファンだったといいますが、ふたりが出会ったのは、20年以上も前に遡ります。その出会いから今回のプロジェクトを立ち上げた経緯、今後の展望までをユキさん、ニコルさんが語ってくれました。

ユキ:音楽をメインに活動していた頃、ケルト文化と音楽が大好きで、“ケルト系日本人”として活躍されていたニコルさんにずっと憧れていました。そこで、当時私がやっていたラジオ番組に出演をお願いし、ゲストで来ていただいたのが初めての出会いでした。

ニコル:1996年頃だね。初めて会った時からユキさんのことはなんとなく息子のように感じていました。いまはおたがい歳を取って、すっかり弟って感じですけど(笑)。

──ラジオ番組での共演をきっかけに急激に距離が縮まったふたり。その後、ニコルさんが長年保全活動を続けている長野県黒姫村の「アファンの森」を訪れたユキさんは、その自然の美しさに衝撃を受けたそうです。

ユキ:森の中に入った瞬間、感動してなぜだか涙が止まりませんでした。うまく表現できませんが、森が語りかけてくる感じというか。この森は、ニコルさんの愛をたくさん受けてすくすく育ったんだろう、と直感的に感じました。

ニコル:黒姫村での森づくりは1986年から始めました。長年かけて荒れ果てた森が、手入れすることにより、多くの生き物や木々が戻ってきました。そこでユキさんが感じたのは、森がもつ癒しの力だと思います。最近「森林浴」という言葉がトレンドになっていますが、健康的な森は人間の心を浄化する「癒しのパワー」をもっていると言われています。

江戸ワンダーランドで「EDO—SATOYAMAプロジェクト」を始めた理由。

里山(SATOYAMA)は、いまや国際語として世界でその価値が認められている。江戸の町で人々の暮らしに欠かせなかった里山を江戸ワンダーランドに取り戻す、新たなチャレンジがスタートした。

──自然のもつパワーに魅了されたユキさんは、ニコルさんからさまざまなアドバイスを受け、江戸ワンダーランドでの里山づくりを決意しました。その目的は、人間の日々の営みになくてはならない自然の価値を取り戻すこと。そして、その魅力を世界に発信していくこと。日光にある広大な森で「EDO—SATOYAMAプロジェクト」が動き始めました。

ユキ:ニコルさんもよくおっしゃいますが、田舎なくして都会はありません。食材から建築材、あらゆるものが田舎でつくられるわけですから。ここ、江戸ワンダーランドも江戸の町を再現している以上、その原点は山であり、森です。じゃあここにも里山を取り戻そう。そう思ったことがきっかけです。

ニコル:いまから30年前、幕末時代を描いた小説『勇魚(いさな)』を執筆したのですが、当時から江戸の時代や町にとても興味がありました。かつて江戸は、ロンドンやパリ、ニューヨークをしのぐ、世界でいちばん大きな都市でした。なぜ繁栄したかというと、江戸には人々の日々の営みを支える自然、つまり里山や森、川、そして牛や馬などが、町のすぐそばに存在していたから。それほど人間の暮らしと自然は密接に関わっていたのです。

──江戸ワンダーランドにも大きな山があるのに、そこに手を加えないのはもったいない。里山づくりは、江戸文化だけではなく自然の保全にもつながると思い、薦めました。里山とは、放置された森林のことではなく、人々の暮らしのためにきちんと手入れをした自然のこと。かつて人間は、森や川、そこに生息する生き物たちと共生していました。しかし、利便性や快適さを求める現代では、人の生活から自然が遠ざかってしまいました。そんな現状にニコルさんは警鐘を鳴らします。

ニコル:里山(SATOYAMA)は、いまや国際語として世界的に価値を認められている概念です。一度人の手が入った里山でも放置しておくと、やがて藪になり、さまざまな悪影響をもたらします。たとえばトンボの数が減ったり、山菜が育たなくなったりするでしょう。無秩序に覆われた草木の影響で、下まで光が届かずに光合成が行われなくなります。日本の国土は、67%が木で占められています。里山の価値を再認識し、いまこそ原点に立ち返るべきではないでしょうか。

「EDO—SATOYAMAプロジェクト」から、新たなクリエイションを生み出していきたい。

江戸ワンダーランドに里山の自然と暮らしを再現し、江戸の心と最先端のエコシステムを世界に発信する。ふたりの新たなチャレンジはスタートしたばかりだ。

──最後に、「EDO—SATOYAMAプロジェクト」を通じて、江戸ワンダーランドでどのような活動を行い、なにを発信していくのか……。ふたりが、今後の展望とともに語ってくれました。

ユキ:2年前から、これまで放置していた敷地の森を復活させる環境づくりに取り組んでいます。今後1~2年は、間伐に加え、日当たりと風通しのよい土地づくりを徹底的に行なうことで、より多くの生物が生息できる健全な森の再生を目指します。里山を復活させたら、農業や林業体験、具体的には炭焼き体験や馬と一緒に歩くトレッキング、山菜摘みなど、さまざまなアクティビティを通して多くの人に自然と接する機会をもってもらいたいと考えています。

ニコル:里山づくりはとても時間がかかりますが、人間の汗と愛情によって自然は豊かになります。江戸ワンダーランドは、既にテーマパークという枠を越えていますし、そこに里山もあればさらに注目されるはずです。世界各国からたくさんの人が訪れ、その魅力を感じてくれるでしょう。

ユキ:もうひとつ、このプロジェクトでやりたいことがあります。それは新しいビジネスモデルを生み出すこと。江戸の文化に里山を再生させることによって、新たな観光資源が生まれます。そうすると、衣食住にまつわる新しいビジネスモデルをたくさんつくることができます。このプロジェクトに関わる人々が自由にクリエイションし、新たなエコシステムを構築する。その土壌を、江戸ワンダーランドで築き上げたいですね。

──先日、プロジェクトの第一弾として、近隣の保育園児たちによる桜苗木の植樹が行われました。桜は、土手に根を張って運河や川を守ります。木材の家屋が並ぶ江戸の町において、火事の広がりを食い止めるという重要な役割があったそうです。その意味を、子どもたちは里山の存在を通して体系的に学ぶことができるという試みでした。小さな手で植樹された桜が満開の花で人々を魅了するのは、数十年後のことでしょう。その頃には、江戸ワンダーランド、そして子どもたちの心の中にも、美しい里山が広がっているはずです。