リモートで制作されたNetflixドラマ『ソーシャルディスタンス』が描く「距離感」は、現代アメリカが抱える問題をあぶり出す。

  • 文:此花わか

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『ソーシャルディスタンス』は2020年10月15日よりNetflixで公開中のドラマ。全8話で、1話20分前後と非常に見やすいのも特徴だ。

近年、NetflixやAmazonプライムなどの映像配信サービスで見られる海外ドラマは、増加の一途をたどっている。そんな中、Zoomとウェブカメラを使って、企画の売り込みから撮影までリモートで作られたNetflixオリジナルドラマの『ソーシャルディスタンス』は、アメリカの社会や人々に潜むさまざまな“距離感”を露わにした作品だ。


物理的な“距離”を超え、リモートで制作されたドラマ

本作を企画したのはNetflixドラマ『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック』の脚本家のひとり、ヒラリー・ワイズマン・グレアム。ニューヨーク州の公立学校が閉鎖を発表した3月13日、リモートでドラマを作ることを思いついた彼女は、『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック』のジェンジ・コーハン監督やライターたちにチャットを送り、企画がスタートしたという。彼らが全8話のほとんどを書き上げて、コーハンがエグゼクティブ・プロデューサーを務めた(グレアム自身は第3話の脚本を担当)。

その撮影過程も非常に興味深く、カメラや小道具が詰め込まれた撮影キットがキャスト宅へ届けられ、カメラ部や小道具部が俳優にそれらをどこに設置するかをZoomで指示したという。ソーシャルディスタンスのもとで制作された本作は、監督、キャスト、クルーの間にこれまで存在していたヒエラルキーという距離感を取り払い、誰もが平等に試行錯誤したそうだ。(※1)


もっともしわ寄せがいくのは誰? “社会階層の距離感”

とはいえ、このようにリモートで働ける層はまだラッキーだ。第3話『僕たちは大海原にこぎ出す』はリモートワークが不可能なエッセンシャルワーカーの苦悩に切り込む。介護施設で働くシングルマザーは、自宅にウェブカメラを取り付け、スマホで幼い娘を監視しながら体の不自由な老婦を介護する。

第3話『僕たちは大海原にこぎ出す』。

だが、当の娘はじっとせずに勝手に外出をしたりと、母をハラハラさせる。娘をこのまま放置できないと患者の子どもに連絡を取るが、彼女は仕事があるので介護しに来られない、と言う。そこで彼女たちがとった解決法が実に想定外で面白いのだが、このエピソードはパンデミックで一番苦しむのが、エッセンシャルワーカーのなかでも「ピンクカラー」(男性のホワイトカラーやブルカラーよりも賃金の安い給仕、看護、掃除など多くの女性が就く職)と言われる層であることを浮き彫りにする。つまり、社会的弱者であるシングルマザーや子どもにロックダウンのしわ寄せがいくことを、静かなトーンで暴くのだ。


溜まっていく不満やマンネリ化。“カップルの距離感” 

コロナ禍は社会問題だけでなく、パーソナルな問題をも顕在化する。例えば、第4話『ゼロ距離』や第6話『人道的な捕獲器』はカップルの“距離感”をコミカルに映し出す。

第4話『ゼロ距離』

『ゼロ距離』では、家の中で閉じ込められているからこそ加速した不満やマンネリ化を解消するために、ゲイカップルが3Pの相手を出会い系アプリで探そうとする。このエピソードは軽快ながらも、性革命の起きた1960年代以来、再び議論となっているオープンリレーションシップというカップルの形を示唆しているようだ。現実に北米では25組に1組がオープンリレーションシップにいるという研究結果もある。(※2)

『人道的な捕獲器』は、引退した老夫婦の話だ。夫婦ともに医師だが、妻のほうはひっ迫する医療現場へ戻り、働くことに生きがいを見出す。一方、夫は何もしないで妻と一緒に余生を過ごしたいと、夫婦間で“距離感”が生じてしまう。

これらのエピソードに見る、カップルの多様なセクシュアリティ、セックスレス、そして、熟年夫婦のすれ違いは、長寿社会における課題とも言えるのではないだろうか。


バーチャルとBLM、“人種間・世代間の距離感”

一方、現代のティーンにとってはWith コロナの世界など、大人が呼ぶような“ニューワールド”でもなんでもない。コロナ前からオンラインゲームやTikTok、Instagramを通じて世界中の人々とつながっていたからだ。

第7話『気分が落ち込むことばかり』はEスポーツに興じる、ティーンの中国系少女の淡い恋を描く。オンラインでは誰もが自分の外見や世界をいくらでも好きなように作ることができるし、恋だってできる。もはや肌の色や国籍など無関係のように見えるが、人間はそんなにシンプルではない。中国系少女は恋した白人少年がSNSで人種差別発言をしていることを発見してしまう。未曾有の危機において、人間の根底に眠る排他性をトランプ大統領のような権力者に利用されることを痛烈に風刺する。

第7話『気分が落ち込むことばかり』

そして最終話の『威風堂々』は、ジョージ・フロイドの死を巡り、アフリカ系コミュニティにおける若者世代と大人世代の衝突をエモーショナルに訴える。仕事を休んでBlack Lives Matter(BLM)のデモに参加したい青年と、デモではなく、経済的基盤を整えて投票により社会を変えていきたいと願う雇い主の中年男性。

ここ数年アメリカでは、銃規制や気候変動について積極的に抗議活動を展開する若者が、行動しない大人を批判し、それを受けた大人が若者を上から目線で説教するという現象がSNSで頻繁に起こっていた。実際に2019年には「OK BOOMER」というスラングが若者の間で大流行したのだ。この言葉には「過ちを犯してきたベビーブーマー世代の説教はもう十分」という若者の強いメッセージが込められている。

第8話『威風堂々』

ドラマ『ソーシャルディスタンス』は、決して安易なハッピーエンドで物語を締めくくらない。けれども、私たちが“いま”向き合うべき課題、社会に横たわる分断を可視化したというだけでも、一見の価値に値する作品ではないだろうか。


【引用元】
※1  How Hilary Weisman Graham Brought the Pandemic to Netflix With ‘Social Distance’ - BACKSTAGE
※2 Open Relationships Are More Popular Than You Might Think – Psychology Today

『ソーシャルディスタンス』
企画・制作/ヒラリー・ワイズマン・グレアム
出演/ダニエル・ブルックス、オスカー・ヌェニス、マイク・コルター
2020年 アメリカ 全8話
Netflixで独占配信中。
https://www.netflix.com/title/81277835