伝説的写真家の素顔を捉えた初のドキュメンタリー映画、「Don’t Blink ロバート・フランクの写した時代」が必見です。

  • 写真:江森康之(ポートレート)
  • 文:青野尚子

Share:

Photo of Robert Frank by Lisa Rinzler, copyright Assemblage Films LLC

1958年の写真集「The Americans」で伝説的存在となった写真家、ロバート・フランク。インタビュー嫌いで知られる彼の素顔を見ることは容易ではありません。その彼が、自らの人生を初めて語ったドキュメンタリー映画「Don’t Blink ロバート・フランクの写した時代」が4月29日(土)から公開されます。

この作品を手がけたローラ・イスラエル監督は、長年にわたってロバート・フランクの映画の編集を担当し、彼が全幅の信頼を寄せる人物です。ニュージャージー州に生まれた彼女は十代のころにカメラと出合い、後にムービーを手がけるようになりました。ロバート・フランクと出会ったのは1989年のこと。彼女はそのころミュージック・ビデオを手がけていたのですが、当時はそのビジュアルをアーティストが担当することがよくありました。その一人がロバート・フランクだったのです。

「もちろん彼の名前は知っていたので、会うのをとても楽しみにしていました。初対面の彼の印象はとてもよかった。決断が早いし、ちょっとダークで皮肉なユーモアもいいと思いました」と、イスラエル監督が当時を振り返ります。このドキュメンタリーを撮るきっかけになったのは2000年頃、アムステルダムの国際映画祭で出会った友人に「ロバート・フランクの映画を撮るべきだ」と強く勧められたことでした。でも気難しいロバート・フランクがなぜ、最後まで撮影に協力してくれたのでしょうか?
「時期がよかったのだと思います。彼自身、ちょうどいいタイミングだと思ったのではないでしょうか。デジカメのおかげで、昔のように大人数でなくても撮影できるようになったのもよかった。今回の撮影は3人だけで、撮ってもいいかどうか、必ず確認するようにしていました」

Photo of Robert Frank by Lisa Rinzler, copyright Assemblage Films LLC

単純なインタビュー映像は撮らないようにしたのも功を奏した、とイスラエル監督は言います。
「映画の中で80年代に撮ったインタビュー映像が出てきますが、ロバートはとても居心地が悪そうにしています。真正面にカメラを据えて質問するやり方です。実は私も一度、同じような方法で撮影したのですが、どうもうまくいかなかった。自分でも『これは二度とないな』と思ったし、彼も次はやってくれなかったと思います(笑)。そこで彼が本を見ていたり、友人のトム・ジャームッシュと写真を撮りに行ったりするところを撮るようにしました。何かをしているところを撮影したのがよかったのではないかと思います」

このことは映画を見た、ロバートの友人たちの証言からも伺えます。
「みんなびっくりした、って言うんです。ロバートが親しい人にだけ見せる顔が映っているって。僕たちがよく知っているロバートを見せてくれてありがとう、って言われました」

Photo of Robert Frank by Lisa Rinzler, copyright Assemblage Films LLC

「違和感のあるものをそのままにして、何かが生まれる余地を残しておく」

ロバート・フランク本人は映画を見てどう思ったのでしょうか。
「ロバートにこの映画を見せるときはほんとうに緊張しました。でも見終わってロバートと妻のジューン・リーフは二人とも『すごくよかった』と言ってくれた。ロバートには『音楽もいいし、ユーモアのセンスもいい。僕の写真に命を吹き込んでくれた』と言われました」
この映画を撮っている間、ロバートが言ったことでもっとも印象深い言葉は「うまくはまらないと思ったカットは残したほうがいい」ということだそう。

「どうしても違和感が残るシーンがあって、もうカットしてしまおうかと思ったけれど決心がつかず、ちょっとイライラしていたんです。でもロバートにそう言われて、違和感のあるものは残すことにしました。このやり方はロバートの写真に通じるものがあるかもしれません。あえて完璧なものにしないことで、何かが生まれる余地を残しておくのです」

Photo of Robert Frank and June Leaf by Robert Frank, copyright Robert Frank

映画にはローリング・ストーンズやパティ・スミス、ニュー・オーダーなどロバート・フランクやイスラエル監督とも関係の深いミュージシャンの音楽が使われています。「違和感のあるものを残しておく」という方法論は、これらの音楽を選ぶときにも応用されたようです。
「ロバートの写真は強いので、音楽もその強さに負けないもの、誰のあの曲、とわかりやすいものを選びました。その一方で、映像を文字通り説明するようなものは避けています。たとえばロバート・フランクが暮らしているニューヨークで活躍していたヴェルヴェット・アンダーグラウンドの曲を使っていますが、同時代の曲ではなく、少し時期をずらしました。時代は違うけれど、雰囲気は伝わります。ここでも完璧に一致しないようにして、融合しないようにすることで緊張感を出しているのです」


Photo of Robert Frank by Lisa Rinzler, copyright Assemblage Films LLC

映画でも語られますが、ロバート・フランクは弁護士に自作の著作権を奪われたり、二人の子供たちを失うなどの不幸に見舞われています。
「こういった悲しいできごとは確かに、彼の写真に影響を与えているでしょう。孤独感、喪失感、ミステリアスなものがロバートの写真を支配するようになったように感じます」

ロバート・フランクとジューン・リーフは1970年からカナダの東海岸、ノバスコシア州に家を買い、ニューヨークと往復する暮らしを始めました。彼らが住んでいるのは豊かな自然と一面の湖に囲まれた、静かなところです。
「この頃からロバートの写真には人、とくに見知らぬ人が登場しなくなります。そのかわりに彼の友人や、森や岩などの写真が増えてきた。雪の中に木や石を置いた写真もあります。それはトーテムや何かの記念碑のように見えて、私にいろいろなことを語りかけてくれます。この映画でも彼が石を手に取るシーンがあります。彼にとって石や岩にはたくさんの意味がある。私はそのことをよく知っています。だからこのシーンはとくに美しい、私の大好きな場面の一つになりました」

Photo of Robert Frank by Lisa Rinzler, copyright Assemblage Films LLC

岩には宗教的な意味合いを見る人もいます。
「ロバート・フランクの映画に『Keep Busy』というタイトルのものがあります。その頃彼は文字通り、前に進むしかないという状況でした。一方で岩はじっとしていて、人為的に動かさない限りずっとそこにあり続けるものです。あるとき、前に訪れた岩を時間がたってからまた見に行ったら苔むして、美しい色に変化していました。まるでロバートに『動き続けろ』と告げているように思えました。岩は時間を超越していて、古代のもののようにも現代のもののようにも見える不思議な存在です。ロバートは『どんなものでも岩よりマシ』とも言っていました。シンプルだけれど含蓄のある言葉だと思います。ロバートが撮る岩やオブジェは単なるモノではなく、普遍的な意味を持っています。言葉や知識がなくても、ものの方から語りかけてきてくれるのです」

次作の構想もあるけれど「いまはまだ、ロバート・フランクの世界にどっぷり浸かっていて頭が切り替えられない」と笑うイスラエル監督。ロバート・フランクの写真の裏にある深くて広い世界を垣間見られる映画です。

ローラ・イスラエル
アメリカ・ニュージャージー州生まれ。10代のころからニューヨークに通って写真を撮り、大学卒業と同時に映像会社Assemblageを設立。コマーシャルやミュージック・ビデオを手がける。2010年に初の長編映画『Windfall』を監督、トロント国際映画祭でプレミア上映、Docs NYCでトッププライズを受賞。

『Don’t Blink ロバート・フランクの写した時代 』

監督/ローラ・イスラエル
2015年 アメリカ・フランス1時間22分
4月29日(土・祝)より、Bunkamuraル・シネマほか全国順次公開

http://robertfrank-movie.jp/