境界線上に身を置き、自分が感じた現代を書く。

境界線上に身を置き、自分が感じた現代を書く。

文:新谷洋子
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石戸 諭

ノンフィクションライター

●1984年、東京都生まれ。立命館大学卒業後、毎日新聞社に入社。その後BuzzFeed Japanを経て2018年にフリーランスの記者・ノンフィクションライターに。雑誌などメディアへの寄稿や、ノンフィクション作品を発表。著書に『リスクと生きる、死者と生きる』(亜紀書房)。

昨今大きな話題となるルポルタージュには彼の名前が記されていることに、多くの人が気付き始めたのではないかと思う。『ニューズウィーク日本版』の「進撃のYahoo!」「『夜の街』のリアル」といった巻頭記事や、「自粛警察」の正体に迫った『文藝春秋』でのリポート。昨年週刊誌で発表し賞を受けた取材記事を基に大幅加筆し、6月に上梓した『ルポ百田尚樹現象』。これらはノンフィクションライター、石戸諭の仕事だ。その時々に人々が関心を抱いていることをていねいに拾い上げる彼は、「結局“いまを描く”ことに執着があるんだろう」と自身を見ている。

「特にここ数年、自分が感じている現代をしっかり書きたいという思いがありました。何十年か経った後は『あの時どうだったのか?』と訊かれる立場になるわけだから、歴史的な視点からの想像力をもつことが大事です」
石戸は複雑な事象を決して単純化せず、不都合なことからも目を背けずに掘り下げて、読む側の先入観に挑戦する。それでいて彼の文章は読みやすく、わかりやすい。

キャリアの始まりは新聞記者だった。毎日新聞で記者を10年務めた後、BuzzFeed Japanでインターネット・メディアを経験した。
「どちらでもできなくて自分にできることをやりたかったんです。新聞社は記者の専門が細分化されていて、領域が狭い。一方でインターネット・メディアは、タイミングを最も重視する。読み捨てられる記事も増えます。でも社会は複雑だし、物事は奥深い。一つひとつきちんと向き合わなければと思ったんですよね。だからいまはひとりで見聞きして考え、トータルで捉えることを心がけています。そのほうが、事象を立体的に描けますから」

彼の仕事を特徴づけているのが、分断されたコミュニティの境界線上に身を置くというスタンスだ。県民投票が間近に迫った沖縄では、米軍駐留をそれぞれ異なる思いで受け止める人々を取材した。新型コロナウイルス感染の震源地と騒がれた新宿歌舞伎町では、相互不信を克服しようとするホストたちと行政側の両者に焦点を当てた。異なる意見に等しく耳を傾けて、安易な判断は下さない。

「そこは僕がいちばんこだわっている点かもしれません。いまのような分断の時代には、反対側の人々はモンスターのように表象されがちです。百田尚樹さんにしても、いいか悪いか、とシンプルな話にしたほうがわかりやすいけれど、支持する人が存在する理由や背景を問うのが僕の方法です。敵と味方を分けて、敵は排除すればいいという考え方に僕は与しない。分断で厄介なのは、意見が極化することです。それを防ぐには、間に立って考えることが大事。意見は違うけれど、相手の背景や言わんとすることを理解する力が必要です」

石戸は「誰よりも影響を強く受けた人物」として川久保玲の名を挙げた。毎シーズン、コムデギャルソンの新作は欠かさず入手するという。
「服に対する考え方が大好きです。一歩でも新しいものを生むのだという姿勢を貫き、個性的でインパクトの強い服をつくりながら、マーケットにリーチし続けている。そんな川久保さんを人生のひとつの目標としています。インタビューしたいし、ワンシーズン密着取材してみたいですね」


Pen 2020年9月15日号 No.503(9月1日発売)より転載


『ルポ百田尚樹現象 愛国ポピュリズムの現在地』

第26回編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞作品賞を受賞した『ニューズウィーク日本版』の2019年6月4日号の特集「百田尚樹現象」を出発点に、日本の右派と左派の分断を歴史的な文脈に置いて検証する。
石戸 諭 著 小学館 ¥1,870(税込)

境界線上に身を置き、自分が感じた現代を書く。