若手と巨匠の狭間に立ち、映像の「いま」を捉える。

若手と巨匠の狭間に立ち、映像の「いま」を捉える。

文:久保玲子
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今村圭佑

映画監督/カメラマン

●1988年、富山県生まれ。日本大学芸術学部卒業後、KIYO氏に師事。映画『帝一の國』 (2017年)、『新聞記者』(19年)や、米津玄師 「Lemon」(18年)、菅田将暉「ロングホープ・フィリア」(18年)などのMVの撮影を担当。『燕Yan』で初の監督デビューを果たす。

やわらかい光が差し込む窓辺から「イェンイェン」と僕を呼ぶ涼やかな声。だがその声の主は、ともに描いた絵の鳥のように、突然、海の向こうの街に去ってしまった……。幼い頃、美しい母(一青窈)と離れ離れになった青年が心の傷を抱いて台湾・高雄に向かう映画『燕 Yan』。中国・大連出身の俳優、水間ロンを主演に、決別したい過去と向き合う旅の物語を紡ぎ監督を飾ったのは、今村圭佑。独特な光と色を操り、映像カメラマンとして2020年の日本アカデミー賞最 優秀作品賞、主演男優・女優賞を独占した映画『新聞記者』や、米津玄師のMV「Lemon」といった話題作を撮ってきた、若きクリエイターだ。

「昔から僕がいちばんやりたかったのはカメラを通じて表現することだったので、監督をしたいという思いはさほどなかったんです。でも映画でもCMでもMVでも、前作とは違うものに挑みたいという気持ちは常にあるので、今回もひとつの新たな挑戦という気持ちで臨みました。アイデンティティを見つけられずもがく物語というのは、誰しもが共感できる。誰もが自分はなんなのかと自問し、自分の居場所を探しているから。しかも僕自身の共感とも違う、観る人によりさまざまな共感が生まれるテーマにも惹かれました」

極端にいえば、言葉がなくても映像は撮れるし、僕は言葉で伝える以上にカメラですくい取って相手と会話してきました。でも、監督を兼ねた今回は、さまざまな人と会話して伝えないとうまく進行しなかったり、作品が自分の思うものにならなかったり。そこが大変であり、面白かったです。これまでは俳優がどう動くか、なにを感じているかを主観的に捉えてサイズやカメラワークを決めていたけれど、監督は客観的であらねば――そう思って撮っていたら画がうまくいかなくて、“カメラマン脳”に切り替えなきゃいけないと気づいた。監督とカメラマン、ふたつの職業が分かれている理由が発見できました(笑)」

今村をはじめ、前述した映画『新聞記者』の監督の藤井道人、米津玄師やあいみょん、King GnuなどのMVを手がけた山田智和らは1980年代後半生まれ。時代感覚や考え方を有して瞬発力を誇り、いままさに映像界を席巻している世代なのだ。

「大学生の頃、7D、5Dの小型一眼レフカメラが登場して、僕らはそれを使って大量に映画を撮っていました。僕がカメラマンとして、若くして独り立ちできたのも、この経験があったからだと思う。上の世代から見たら、そんな少ない人数で映画が撮れるのかと、超ニュージェネレーションと思われていましたが、現在はさらに進化しています。ひとりで監督もカメラもこなす20代前半のMV監督がたくさん出てきて、その面白いやり方に嫉妬させられたり、とにかく興味が尽きない。そんな若い世代と巨匠クラスの上の世代との狭間にいるのが僕ら。両方の気持ちがわかるから、いまの映像業界は見ていてすごく面白い。そんな中で、(山田)智和ら一緒に動いているチームで新しいことを目指していくことが、とても楽しみなんです」

静かに淀みなく語りながらも、元来、言葉にして喋るのは得意ではないという今村。そんな彼は今後、より若い世代の刺激を受け、言葉の代わりにどんな感情や物語をすくい取って見せてくれるのだろうか。


Pen 2020年6月15日号 No.497(6月1日発売)より転載


『燕 Yan』

2歳の青年・燕は、父親の頼みにより台湾の高雄に住む兄(山中崇)を尋ねることに。それは愛憎半ばする母との記憶、そして7歳上の兄と対峙せざるを得ない旅の始まりだった。©2019「燕 Yan」製作委員会

監督・撮影/今村圭佑
出演/水間 ロン、山中崇、一青窈ほか
2019年 日本映画 1時間26分
新宿シネマカリテ、アップリンク渋谷、アップリンク吉祥寺にて公開中
以降、全国で順次公開

若手と巨匠の狭間に立ち、映像の「いま」を捉える。

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