ゴールのない役者の道を行く、映画を信じて。

  • 文:久保玲子
  • スタイリング:渡辺康裕(W)
  • ヘア&メイク:勇見勝彦(THYMON Inc.)

Share:

ゴールのない役者の道を行く、映画を信じて。

文:久保玲子 スタイリング:渡辺康裕(W) ヘア&メイク:勇見勝彦(THYMON Inc.)
26

永瀬正敏

俳優/写真家

●1966年、宮崎県生まれ。83年『ションベン・ライダー』でデビュー。日本アカデミー賞最優秀助演男優賞受賞作『息子』(91年)、台湾・金馬奨ノミネート作『KANO~1931海の向こうの甲子園~』(2014年)など国内外100本以上の作品に出演。写真家としても活躍中。

「ある意味、この映画は挑戦ですよね。僕が演じる郵便屋はサングラスをかけたままで、目で芝居ができない。その佇まいとシルエットがおもな表現。台詞は本当に少ないですし、しかも相手がペンギンですよ、擬人化された(笑)」

1983年の相米慎二監督作『ションベン・ライダー』でデビュー以来、映画を主戦場として、その最前線を走り続けてきた永瀬正敏が「挑戦」と呼ぶ映画『ファンシー』。シュールな物語を通して人の本質を突く山本直樹の同名漫画を原作として、郵便屋(永瀬)と詩を詠むペンギン(窪田正孝)、そして押しかけてくる女性ファンの3人を中心に、寂れた温泉街の人間模様をオフビートで綴ってゆく。

「テレビドラマ版『私立探偵 濱マイク』のメイキングを撮っていた廣田正興さんから、自分が長編監督デビューする時には主演してほしいと17年前に原作を見せられ、僕も軽く『いいよ』って。20年来の約束を諦めなかった監督の想いが素晴らしいでしょう!」

永瀬は『ファンシー』を「饒舌な映画ではない」と言うが、台詞の少なさを忘れるほど、登場人物の切ない心の声が聴こえてくる作品だ。殊に永瀬の演じる郵便屋は、これまで彼が演じてきた寡黙で、どこか不器用で真摯なイメージが重なり、観る側に心情を想像させるからかもしれない。永瀬の佇まいは観客だけでなく、多くの映画監督をも魅了してきた。『あん』(2015年)、『光』(17年)と続いた河瀬直美監督然り、1989年の『ミステリー・トレイン』から27年ぶりに『パターソン』(2016年)で再び永瀬を起用したジム・ジャームッシュ監督然り。

「ジャームッシュ監督は映画監督としても、人としても大大大好き。『パターソン』では僕が演じる詩人がアダム・ドライバーさんにノートを手渡すシーンがある。すべてを失った彼に真っ白なノートをというのがニクいと思いましたが、実は僕が『ミステリー・トレイン』の時にジャームッシュ監督から最初に貰ったプレゼントがノートだったことを思い出して。『感じたこと、見たこと、浮かんだアイデアでもなんでも書いておくといいよ』と手渡してくれた。『ミステリー・トレイン』のノートが『パターソン』につながってゾクッとした。嬉しかったですね」

ジャームッシュとの大切な絆を語る永瀬だが、彼自身もまた、後輩のメンターのような存在になっている。昨夏はオダギリ ジョーが初監督作『ある船頭の話』の現場で、出演した永瀬の言葉に救われたと明かしていた。

「そんな、僕はまだまだだから……。ただ、経験してきたことは聞かれたら伝えたいですね。昔は僕もひとりで苦悩する事がありましたし。けど時間が経てば、自分ひとりの宇宙より監督や現場のみんながもち寄った銀河が映画なんだと思えるようになる。大丈夫、いまに楽になるよ、と。役者は、もがいてもゴールが見えない職業。でもやめられないのは、やっぱり映画が好きだから。映画に出られなかった若い頃も、ずっと映画を信じてた。一度も僕は映画に裏切られたことがないんです」

そんな映画人間・永瀬が演技以外に手放さなかった表現に写真がある。

「僕にとって、演技と写真は自転車の両輪。祖父は写真館を営んでいて、でも戦争などの理由で写真を諦めざるを得なかった。このところ、自分が撮るものがどんどんポートレートに寄っているんです。アーティスティックな写真家ではなく、写真館のオヤジのDNAというか、リベンジなのかな」

両輪を操って描く永瀬の轍(わだち)を、これからも見続けていたい。


Pen 2020年2月15日号 No.490(2月1日発売)より転載


『ファンシー』

元・彫師の郵便屋(永瀬正敏)とポエム作家のペンギン(窪田正孝)は、なぜか気の合う仲。ところがある日、ペンギンのファン(小西桜子)が「奥さんにして」と押し掛けてきて……。©2019「ファンシー」製作委員会

監督/廣田正興 原作/山本直樹 
出演/永瀬正敏、窪田正孝、小西桜子ほか
2020年 日本映画 1時間42分
2月7日より全国で公開