注意を払われないけれど、語るべき題材を撮る。

注意を払われないけれど、語るべき題材を撮る。

文:新谷洋子
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ミキ・デザキ

ドキュメンタリー映像作家/ユーチューバー

●1983年アメリカ、フロリダ州出身。ミネソタ大学で生理学の学位を取得。2007年に来日し、山梨県と沖縄県の中学・高等学校で英語を教える。その後タイで仏教僧の修行をし、再び日本へ。18年に上智大学大学院グーバル・スタディーズ研究科修士課程を修了。

公開から半年以上を経てもなお各地で上映され、話題となっている『主戦場』。慰安婦問題を巡る論争を取り上げたこのドキュメンタリー映画を撮った日系アメリカ人の監督ミキ・デザキは、反響の大きさに驚きを隠さない。

「低予算映画で、題材が題材であるだけに、日本での公開はまず無理だろうとも言われていました。だからこれほど幅広く観ていただいて議論されるに至ったのは、僕としては願ってもないこと。想定外でしたね」

30代半ばにして彼が本作で映画監督デビューを果たすまでにたどったルートは興味深い。医師を目指して大学に進むが、瞑想に関心を抱いて仏教僧を志し、修行を始める前に社会経験を積もうと日本へ。中学・高等学校で英語教師を務めていた時に、日本における差別や偏見をテーマにビデオを制作しYoutubeにアップしたのが、映像作家としての第一歩となった。

その後タイの僧院で修行してから再び来日したデザキは、大学院で学びながら『主戦場』の制作を始めた。映像を勉強したことはないが、映画を愛する彼には「映像制作は料理みたいなもの」という独自の信条がある。 

「亡くなった父はシェフで、僕はおいしい料理を食べて育ちました。だから、おいしい料理をつくるにはどういう段階を踏まなければいけないのか心得ていて、いつか自分にもつくれる気がする。同様に、いい映画をたくさん観てきた僕は、なにがいい映画で、いい映画にはなにが必要なのか知っている。専門的な勉強をしていない分、困難を伴うかもしれませんが、ハードワークを厭わなければ、いい映画にたどり着けるのではと思ったんです」

実際、クラウドファンディングで資金を集め、ボランティアの手も借りて完成させた『主戦場』は、まさにハードワークの賜物だ。「最近のアメリカのドキュメンタリーは一方的なものが多い」と指摘する彼は、バランスを考慮して日韓米のさまざまな立場にある27人の関係者を取材。多様な主張を提示し、観る側に判断を委ねる。そんな手法には教育者だった背景が垣間見えるが、教師に僧侶とデザキの生き方に柱があるとしたら、それは人を助けたいという想いなのかもしれない。

「実際に人助けできているのかと自問することもありますよ(笑)。でも僕は教育の大切さを信じているし、アップして何年も経ってから、僕のYoutube動画に助けられたと言われたこともあります。『主戦場』にしろ、こういったことは当事者の苦しみを軽減するだけでなく、最終的にはみんなを癒すことにつながるかもしれない。概して、お互いに理解を深め、いろんな問題について見識を広めるほど、我々はハッピーになれると思うんですよね」

現時点では、映画と仏教、どちらに人生を捧げるか迷っているというが、既に次回作の構想を練っており、引き続き題材は日本に関係しているそうだ。日本での表現の自由の在り方に危機感を抱く彼は、「語るべきなのに誰も語っていないことを、誰かが語らなければ」と使命感をのぞかせる。

「僕が日本人を攻撃するために映像をつくっていると考える人もいるようですが、まったくの誤解です。人々には知る権利があり、情報が制限されていることがおかしいと思う。よくジャーナリストの方に『自分たちがやるべきことだった』と言われますが、ドキュメンタリー作家はそういう空隙を埋める存在。あまり注目されないこと、儲からないこと、でも不可欠なことに取り組む彼らの価値を認め、応援してもらえたら嬉しいですね」


※Pen 2019年12月15日号 No.487(12月2日発売)より転載


『主戦場』

YouTube動画制作を経て、自ら監督、撮影などを手がけた初監督作品。 慰安婦問題から、戦後の日米関係にも深く切り込み、アメリカ出身ならではの視点を反映させている。
監督・脚本・撮影・編集・ナレーション /ミキ・デザキ
2018年 アメリカ 映画 2時間2分
全国公開中

注意を払われないけれど、語るべき題材を撮る。