「価格1円」の雑誌で、モノの価値を問いかける。

  • 文:泊 貴洋

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「価格1円」の雑誌で、モノの価値を問いかける。

文:泊 貴洋
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小野直紀

クリエイティブ・ディレクター

●1981年生まれ。2008年、博報堂入社。15年にプロダクト開発チーム「monom」を設立。ぬいぐるみに付けるボタン型スピーカー『ペチャット』などを発売し、3年連続でグッドデザイン・ベスト100を受賞。社外では2011年よりデザインスタジオ「YOY」を主宰。

今年7月、全680ページの雑誌が「価格1円」で書店に並んだ。博報堂が1948年に広報誌として創刊し、同社のトップクリエイターが歴代編集長を務めてきた『広告』のリニューアル号だ。新編集長は、クリエイティブ・ディレクターの小野直紀。2015年にプロダクト開発チーム「monom(モノム)」を設立、個人でもデザインスタジオ「YOY(ヨイ)」を主宰。広告会社でモノづくりを行ってきた異色の経歴の持ち主だ。

「僕は本や雑誌をあまり読まない。『編集長をやって』と言われた時は『本気?』と思いました(笑)。ただ、この先、自分はどんなつくり手になるんだろう?と考え始めた時期で。自分のモノづくりの指針となる情報を集めるためならやろうと思ったんです」

編集長を務める上で決めた全体テーマは「いいものをつくる、とは何か?」。第1号の特集は「価値」だ。

「僕も出展してきたミラノ・サローネは、毎年、何万もの家具や照明が発表される場。でもイケアやニトリで必要十分なものが買えるいま、いらないモノが多いのではという思いがつくり手ながらあって。一度、モノの価値にきちんと向き合いたいと思いました」

『広告』編集部では、付箋に書かれた大量の言葉が小野を取り囲んでいた。

「今回の号には33本の記事が収録されていますが、執筆する人と打ち合わせをして、一緒に言葉を探すような作業が多かったんです。それを33本分やっていると、頭に情報をとどめておけない(笑)。だから付箋で脳みそを外部化したというか。言葉を書き出すと頭を整理しやすいし、壁を指差しながら、『これを考えよう』とチームで話ができるところもよかったです」

手探りで記事をつくっていく一方、こだわったのがブックデザインだ。

「まず考えたのは、価値があると感じるように分厚くすること。そのために

記事を頑張ってつくりました。表紙をシルバーにしたのは、1円硬貨のようなイメージが欲しかったから。銀の箔押しは少しだけ弱く押すことでスレて斑点ができるようにしていて、紙はあえてペラペラに。そうすることで、価値があるのかないのか……という、揺らぎを感じてもらえるようにしたつもりです。小口には一冊一冊やすりをかけてページをめくりやすくしました」

手間と予算をかけた雑誌を1円にしたのは、「儲ける」ミッションがないプロジェクトだったからでもある。

「無料も考えたんですけど、いまはフリーペーパーもあふれているので普通になるなと。だったら、この雑誌と1円を交換することで、モノの価値について考えてもらう入り口にしたいと思ったんです。また、1円のレシートがSNSで拡散すれば、『広告』という雑誌の広告になるとも考えました」

1円では取次会社に扱ってもらえず、独自に販路を開拓。最終的に全国161の書店とアマゾンでの販売にこぎつけ、1万部が10日で完売した。そのためネット上では6000円以上で売買された例もあり、価値についての議論を呼んだ点も興味深い。

「次号は『著作』という特集で年明けに出す予定ですが、価格は未定。特集に合わせて、価格や判型に一つひとつ向き合いながらつくっていきたい」

モノづくりの視点によって生まれ変わった『広告』は、驚きに満ちたプロダクトを発表してきた異才の、新たな代表作となるだろう。


※Pen 2019年11月1日号 No.484(10月15日発売)より転載


『広告』

Vol.413 特集:価値
文化人類学者と小野の対談や取材記事、専門家の寄稿など、「価値」についてのさまざまな視点を33本の記事に収める。ウェブで全文無料公開中。
https://kohkoku.jp
博報堂 ¥1(完売)