船頭の物語を描いた初長編監督作には、巨匠2人の教えがあった。

船頭の物語を描いた初長編監督作には、巨匠2人の教えがあった。

文:久保玲子 スタイリング:西村哲也 ヘア&メイク:砂原由弥(UMiTOS)
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オダギリ ジョー

俳優/映画監督

●1976年、岡山県生まれ。アメリカと日本でメソッド演技法を学び、2003年、カンヌ国際映画祭に出品された『アカルイミライ』で初主演を果たす。その後、日本アカデミー賞など受賞。19年はC・ドイルの『宵闇真珠』他、ロウ・イエら海外の鬼才の撮る作品にも出演。

時代は明治と大正のはざま。主人公は、緑萌える山間を流れる河で「渡し」を営む船頭。河にはもうじき橋がかかる。変わりゆく風景と人々の心を見つめ、船頭は櫓をこぎ続ける――。

長編日本映画で初めてヴェネチア国際映画祭「ヴェニス・デイズ部門」に選ばれた『ある船頭の話』は、オダギリ ジョーの長編監督デビュー作だ。

「以前に熊本・球磨川(くまがわ)の船頭さんについての番組をテレビで見て会いに行き、2週間ぐらい生活をともにしました。カメラで追ううちに、こういう美しい文化が消えていくのはもったいないと思ったのが映画づくりの始まりです。一日に客がひとりかふたりだけでも、渡る人のために役に立てることが嬉しい、川を渡る間の会話が楽しいとおっしゃっていて、そんなささやかな物語を描いてみようと思いました」

この時オダギリ自身を船頭役に当てて書いた脚本は、10年の間寝かされていた。制作の経緯をこう明かす。

「実は、ある検査でよくない結果が出てしまったんです。再検査の結果、良性だったんですけれど、その時に自分の命の長さみたいなものを改めて考えて。なにかやり残したことはないか? だったら映画を一本つくっておきたいという気持ちになったんです。また、演者として呼ばれた『宵闇真珠(よいやみしんじゅ)』で、監督したクリストファー・ドイルが『お前が監督をするなら俺がカメラをやるから』と言ってくれたことも大きな後押しに感じました」

もとはインディーズ映画として書いた脚本だったが、10年という歳月が商業映画を撮るよう、彼の背中を押した。そうして主役を演じる柄本明をはじめ、永瀬正敏、浅野忠信、蒼井優、村上虹郎、草笛光子、そして細野晴臣ら錚々たる人々が結集。さらにカメラのドイル、衣装にはオスカー受賞者のワダエミと、国際的なスタッフが加わった。

「いままでは、自分のつくりたいものを突き詰めるだけで、ある意味自己中心的なつくり方をしていました。でも商業映画に挑戦するなら、もっと多くの人に見てもらわなければならないわけで。ストーリーもカット割も編集も、できるだけわかりやすくしなくちゃいけないのではと、バランスを考えるのがいちばんの挑戦でしたね」

商業映画という大きなプレッシャーを抱える中、常に頭にあったのが『オペレッタ狸御殿』で仕事をした、心の師たる鬼才・鈴木清順監督の言葉だ。

「清順監督がよく『ちゃんとしたものをつくってどうするんだ。出鱈目なものでいいんだ』と話していて、その言葉はいつも頭にありました。一方で、甘えを許さないものづくりを学んだのは阪本順治監督から。現場のぬるさは観客も映像から感じると思うので、いつまでもピリピリした緊張感が保てる、柄本明さんに船頭役をお願いしました。永瀬さんとはこれまで共演したことがなかったのですが、映画を中心に仕事を選んできた、直属の先輩としての敬意も含め、主人公の船頭と親しいマタギの役を演じていただきました。大変な撮影で心身ともに落ちている時も、『これは絶対いい映画になるよ』と何度も勇気付けてくださって。永瀬さんがいたから乗り越えられた現場といっても過言じゃないですね」

マタギを演じる永瀬と父親役の細野、そして柄本による弔いのシーンは、『ある船頭の話』のハイライトのひとつ。ドイルが捉える「日本人が見落としそうになる日本の自然の美しさ」を湛えるフィルムには、オダギリがこの10年間に培ってきたものが凝縮されている。「ありがたいですね」と、彼は噛み締めるように呟いた。


Pen 2019年 09月15日号 No.481(9月2日発売)より転載


『ある船頭の話』

文明の波が押し寄せる山間の村。村人が河にかかる橋の完成を待ちわびる中、船頭トイチは黙々と舟を漕ぐ。そこへひとりの少女が現れ、彼の人生が大きく変わり始める……。©2019「ある船頭の話」製作委員会

脚本・監督/オダギリ ジョー
出演/柄本明、川島鈴遥、村上虹郎ほか
2019年 日本映画 2時間17分
9月13日より全国で公開

船頭の物語を描いた初長編監督作には、巨匠2人の教えがあった。