ホン・サンス監督がミューズとともに撮った『クレアのカメラ』には、正直で憎めない魅力がつまっています。

  • 文:細谷美香

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ホン・サンス監督が公私ともにパートナーである女優のキム・ミニ(左)と、イザベル・ユペール(右)を迎えて撮影した中編映画です。© 2017 Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved.

ソウルからカンヌ映画祭にやって来た映画会社の社員、マニ。映画祭の開催中だというのに女社長から理由も告げられないままいきなり解雇されてしまった彼女は、途方に暮れながらも帰国便までの時間を過ごすことに。新作を映画祭に出品している監督と愛人でもある女社長、そしてマニはそれぞれ別々の場所で、いつもカメラを手放さず「私に撮影された人たちは前と違う人間になるの」とヘンテコなことを言うフランス人のクレアと出会いますが――。

『クレアのカメラ』はカンヌ映画祭の最中に韓国の映画監督、ホン・サンスが即興的に撮影した、69分のどこかトボけていて小粋な後味を残す中編映画。映画祭の裏側で繰り広げられる、実際にありそうな恋愛のいざこざが描かれているのですが、マニとクレアを演じたふたりの女優の絶妙なコラボレーションによって、旅先で芽生えた不思議な友情物語としても成立しています。マニを演じるのは『お嬢さん』などで知られ、本作のホン・サンス監督と公私ともにパートナーでもあるキム・ミニ。そしてクレアを『3人のアンヌ』でも監督とタッグを組んでいるイザベル・ユペールが演じています。その場限りかもしれないけれど、未来へと背中を押してくれるような異国でのかけがえのない出合いを描いているあたり、『ロスト・イン・トランスレーション』を思い出しました。そしてこれは、撮影者と被写体の関係を通して、映画づくりそのものを考察する作品でもあります。

ホン・サンス監督の映画で描かれる男たちは毎度、インテリで女にだらしがなくすぐに酒に酔っ払い、なのになぜか憎み切れないろくでなし……的なキャラクターなのですが、この『クレアのカメラ』に登場するのは、ずばり映画監督。デニムのショートパンツを履いているマニに、監督が「そんなに脚を出すなよ!」というようなことを言うシーンがあるのですが、女社長という愛人もいるおじさんが、火遊びした若い相手(マニ)にそんなことを言うなんて身勝手すぎる、と思わず笑ってしまいました。監督自身を思わせるキャラクターにこんなセリフを言わせてしまのだから、やっぱりホン・サンスの映画は正直で憎めない。ユーモアのある会話、同じ場所やセリフの反復、唐突にズームする独特なカメラの動きなどクセになる要因はいくつもありますが、何よりも誰しもがもっている“かっこ悪さ”を肯定してくれるような眼差しが、ホン・サンス監督の作品の魅力ではないでしょうか。

現在、カンヌ映画祭に出品された『それから』、キム・ミニがベルリン国際映画祭で主演女優賞を受賞した『夜の浜辺でひとり』、監督とキム・ミニの初タッグ作品である『正しい日間違えた日』、そして『クレアのカメラ』と4作品が連続で全国順次公開中です。この機会にホン・サンスとミューズ、キム・ミニが生み出す世界に浸ってみてはいかがでしょうか。

ユペールが演じたのは、カンヌに初めてやって来た、音楽教師をしているというクレア。© 2017 Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved.

脚本のない状態でスタートするというホン・サンスの映画づくりは、本作でも健在。© 2017 Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved.

『クレアのカメラ』

監督:ホン・サンス
出演:キム・ミニ、イザベル・ユペール、チョン・ジニョン、チャン・ミヒほか
2017年 韓国映画 1時間9分
7月14日よりヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて公開。
※ホン・サンス監督作 の『それから』、『夜の浜辺でひとり』、『正しい日 間違えた日』も同映画館で公開中。