Vol.39 アーティストの「痕跡」を収めたアーカイブ...
写真・文:錦 多希子(POST/limArt)

Vol.39 アーティストの「痕跡」を収めたアーカイブ・ブックに、想像力が掻き立てられる。

“The Cabinet of Traces” / Alan Quireyns / Art Paper Editions
『ザ・キャビネット・オブ・トレーシス』 / アラン・クエラインス編 / アート・ペーパー・エディションズ刊

アーティストにとって、自分のアトリエやスタジオは制作活動に欠かせない空間です。しかし、どんなに最適な環境で熱中し邁進したとしても、作家として軌道修正の必要に迫られる局面があるはずです。普段と異なる環境に身を投じ、己の可能性を試したいと思う時、有益な選択肢となってくれるのがアーティスト・イン・レジデンス(滞在制作)ではないでしょうか。

ベルギーにあるアートセンター「AIR アントウェルペン」は、活動の一環としてビジュアル・アーティストを招聘し、滞在制作の機会を設けてきました。アーティストたちはここに3~6カ月ほど身を置いた後、その集大成として作品発表や展覧会を行います。しかし、滞在中の活動自体は、具体的な形として残るものではありません。そこで、取り組みそのものを可視化するために、2002年にアーカイブ・プロジェクト「AIR トレーシス」が始動しました。『ザ・キャビネット・オブ・トレーシス』は、この長期にわたるプロジェクトの一部をまとめた本です。2013年から18年の間に滞在したアーティストたちが置き忘れた物品に着目し、彼らの形跡をたどっています。オブジェ、ドローイング、小さな美術作品、手紙、洋服……。多種多様な品のひとつひとつが、彼らが確かにこの場にいたという証です。これらの写真には、所有者だったアーティストの名前とその素材のみが記されています。ごくわずかな要素を手がかりに、彼らの記憶や当時の情景に思いを馳せてみる。すると、作家性や人間性、当人なりの眼差しが感じられることでしょう。やがて、普段はあまり表立つものではない、作品の裏に潜み、彼らの根底をなすものが切に伝わってきます。読み手の想像力は掻き立てられ、言葉で語られる内容から真実を知ること以上に、作家の理解を深める好機をもたらしてくれるはずです。

置き忘れられた品々の写真は言葉こそ発しませんが、あるアーティストが去ったあとの名残や、本人の存在を感じ取られるような気配を帯びています。

ページをめくるごとに、静物写真とキャプションの組み合わせが淡々と繰り返されます。ミニマルな枠組みに収めてみると、かえって各々の個性が際立つのです。

このプロジェクトは、AIR アントウェルペンにアーティストが滞在する限り継続されます。繰り返しアーティストを迎え入れるという場の特性を活かした、現在進行形の企画です。

“The Cabinet of Traces” / Alan Quireyns / Art Paper Editions
『ザ・キャビネット・オブ・トレーシス』 / アラン・クエラインス編 / アート・ペーパー・エディションズ刊
タイトル:『ザ・キャビネット・オブ・トレーシス』
編集:アラン・クエラインス
出版社:アート・ペーパー・エディションズ
ページ数:170ページ
サイズ:18.0×11.0 cm
ISBN-10:9490800880
ISBN-13:978-9490800888
出版年:2018年
価格:¥3,132(税込)