Vol.38 ページをめくるほどに衝撃を覚える、アニッシュ・カプーアのアート

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    写真・文:錦 多希子(POST/limArt)

    Vol.38 ページをめくるほどに衝撃を覚える、アニッシュ・カプーアのアート

    “Symphony for a Beloved Sun” / Anish Kapoor / Walther König
    『シンフォニー・フォー・ア・ビラブド・サン』/ アニッシュ・カプーア 著/ ウォルター・ケーニッヒ刊

    アニッシュ・カプーアの作品と対峙した時、これまでに体験したことのない強い衝撃を受けたことを、いまでも鮮明に憶えています。金沢21世紀美術館でのこと。コンクリートの部屋に足を踏み入れると、空間の一部を占める黒い円の存在に気付きます。なにげなくその場に身を置いているうちに、いつしか吸い込まれるように、そこから動けなくなっていました。涙があふれていることを自覚した時には、随分と時間が経っていたようです。「人間が考える尺度では到底計れないような、果てしなく大きな存在を感じさせるもの」。それ以来、彼の作品に対してはこうした印象を抱いています。

    カプーアの芸術をよく知ることができる一冊を挙げるなら、2013年にベルリンのマルティン・グロピウス・バウで開催された展覧会に合わせて刊行された作品集『シンフォニー・フォー・ア・ビラブド・サン』です。この展覧会は、40年以上におよぶカプーアのキャリアの集大成ともいえるものでした。作品集には、会場の展示風景のみならず、スタジオでの制作風景の写真も収録されています。19世紀末に建てられた特徴的な空間に一時的に出現した作品が、場所あるいはその特性とどのように絡み合い、存在感を放っていたのか。二次元である書籍を通じて追体験をすることには限界があります。しかし、ページを繰り返しめくっていると、この空間を満たしていたであろう、彼の精神がひしひしと伝わってきます。圧倒的な存在感を放つ作品群に秘められた、カプーアの研ぎ澄まされた美意識が、装丁のさりげない工夫によって端的に表れているのです。

    表紙は純白のクロス装丁に赤い絵の具が落とされており、静けさの中に、突如狂気的な不穏さをもたらすような衝撃を与えます。この赤いシミは、中面のページまで染み込んでいるかのように続きます。

    展覧会の中核をなしていた作品『Symphony for a Beloved Sun』。床と壁に設置された4台のベルトコンベアが赤いワックスを上方へと運搬し、押しつぶすように床に投げつけます。その時、驚くような音が会場に響き渡るのです。

    カプーアの代表作のひとつ『1000 Names』。粉末状の顔料でコーティングされた幾何学の立体物が壁や床に設置された作品です。顔料は作品の周りにもこぼれ出ています。

    “Symphony for a Beloved Sun” / Anish Kapoor / Walther König
    『シンフォニー・フォー・ア・ビラブド・サン』/ アニッシュ・カプーア 著/ ウォルター・ケーニッヒ刊
    タイトル:『シンフォニー・フォー・ア・ビラブド・サン』
    著:アニッシュ・カプーア
    出版社:ウォルター・ケーニッヒ
    ページ数:275ページ
    サイズ:34.5×23.3㎝
    ISBN-10:3863353285
    ISBN-13:978-3-86335-328-5
    出版年:2013年
    価格:¥10,800(税込)