Vol.36 「なぜなら」という言葉から探り当てる、ソフィ・カルの作品集の試み。

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    写真・文:錦 多希子(POST/limArt)

    Vol.36 「なぜなら」という言葉から探り当てる、ソフィ・カルの作品集の試み。

    "Parce que" / Sophie Calle / Éditions Xavier Barral
    『パス・ク』/ ソフィ・カル著・写真 / エディション・グザヴィエ・バラル刊

    ソフィ・カルは、きわめて日常的かつ私的な営みをベースに、写真や言葉を通じた物語性の高い作品を制作しています。記録と記憶を頼りに、真実と虚構のはざまを行き来する表現は、一見捉えどころがないようですが、彼女の内面に潜む痛烈な想いとして突き刺さるように伝わってきます。
    2018年10月から12月にかけて、現代美術ギャラリー「ペロタン」のパリのスペースでカルの個展が開催されました。展覧会はふたつの新しいシリーズで構成されており、そのうちのひとつは『Parce que』(日本語で「なぜなら」の意)と名付けられています。本作は、白い糸で文字が刺繍された黒い布が、額にカーテンのように覆いかぶせられているというもの。刺繍はいずれも「なぜなら」から始まる一節が綴られています。なぜそれが存在するのか?なぜ自分はこの特定の場所や時間を選んだのか?彼女は鑑賞者に対して、まず言葉によって理由を説明します。この言葉を投げかけられた鑑賞者は、まだ見ぬなにかについて想像を膨らませながら、黒い布をめくり上げる。そこでようやく、ボックス型の額装のなかに収められた写真のイメージと対峙するのです。
    カルは本作を通じて、私たちが写真と向き合う際に伴う言葉の影響力に、注意を向けさせているように思えます。イメージとそれに付随する言葉との関係性において、本来、イメージが優位に立つところを逆転させ、言葉が優位になるように試みたのではないでしょうか。
    上質なクロス装丁と和綴じ製本が印象的なこの本は、『Parce que』シリーズに焦点を当て、このカルの個展に合わせて刊行されました。実際の作品と同様に、この本も先立って「理由」の言葉が投げかけられ、のちに自らイメージを探り当てるという構成が引き継がれています。この手の込んだ造本はなにも奇をてらったわけではなく、展覧会での追体験を促すための仕掛けとして機能する。作品の特性を的確に捉え、ブックデザインに落とし込んだ結果なのです。

    左ページに印字されたテキストは、実際の作品でいうところの白糸の文字刺繍に相当します。この時点では、作品の真相はまだわかりません。

    一方の右ページには、作品写真が印刷されたシートがひっそりと袋とじの中に収められています。イメージを取り出すという行動も、展覧会の展示になぞらえています。

    収められたイメージシートは、印画紙の写真プリントを彷彿とさせます。言葉とイメージとが揃って手元に現れたことでようやく、作品の本質が見えてきます。

    "Parce que" / Sophie Calle / Éditions Xavier Barral
    『パス・ク』/ ソフィ・カル著・写真 / エディション・グザヴィエ・バラル刊
    タイトル:『パス・ク』
    著・写真:ソフィ・カル
    出版社:エディション・グザヴィエ・バラル
    ページ数:72ページ
    サイズ:24.0×17.0 cm
    ISBN-13:978-2-36511-207-9
    出版年:2018年
    価格:¥6,696(税込)