Vol.30 ソール・ライターがモノクロで写した、自然体のヌードの美しさ。

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    写真・文:錦 多希子

    定期的に海外のひとつの出版社に焦点を当て、その出版社の本だけを取り扱うショップ「POST」のスタッフが、いま気になる一冊をピックアップ。今回、POSTの錦多希子さんが取り上げるのは、写真家ソール・ライターによるモノクロのヌード作品集。彼に近しかった女性たちを写した自然体のヌードは、ライターの美への姿勢が凝縮して見てとれます。

    Vol.30 ソール・ライターがモノクロで写した、自然体のヌードの美しさ。

    In My Room / Saul Leiter / Steidl
    イン・マイ・ルーム / ソール・ライター / シュタイデル

    POSTで初めてソール・ライター(1923~2013年)の写真集『Early Color』を扱うことになったのが、確か2014年頃のこと。ウィリアム・エグルストンを筆頭に「ニュー・カラー」を牽引した面々が織りなす、まるで快晴の青空のように抜けのいい写真に心を奪われていた当時の私の眼には、ライターが撮る世界がとても新鮮に映りました。どこか哀愁を帯びた、ずっしりとした濃い色彩は、これまで出会ったどの写真家とも同類項で結ぶことができません。とてもひと言ではその魅力を語り尽くせない。ライターのもつ底力は、ボディーブローのようにじわじわと熟成していきます。写真家として活動する人、写真という表現を愛する人。店頭で本を見てくださるたくさんの人たちに、彼の作品をただ観てほしいとばかりに、しきりに紹介していました。

    衝撃的な出会いからはや数年。「念願叶って、オリジナルプリントを見られる!」と、昨年Bunkamuraザ・ミュージアムで開催されたライターの回顧展に、はりきって駆けつけました。展覧会は、写真集だけでは伝わらない、実に多くの驚きや発見に満ちていましたが、なによりも感銘を受けたのは、モノクロのヌード作品『In My Room』シリーズでした。

    アパートメントの一室で撮り収めた、素の女たち。

    長年にわたり居を構えた、ニューヨーク・イーストヴィレッジのアパートメントの室内で撮られた写真には、当時の恋人をはじめとする複数の女性が登場します。一糸まとわぬ女性像を捉えるとなると、どうしたって男性の抱く理想が色濃く反映された神秘的な様子や、あるいは情感をそそる官能的なムードが前面に押し出されがちなのですが、ライターのヌード写真はそうした典型的なものではありません。それはきっと、彼女たちが自然体でいるのが伝わるからなのでしょう。お風呂に入り、口紅を塗ったりして、その日最初のタバコを吸う。ひとりは哀愁を漂わせながらコーヒーカップを手に取り、もうひとりは枕でシワになった顔のままひたすら髪を巻く。洋服を着ていることもあれば、脱いでいることもあり、スカートのジップを引っ張っていたり、ブラウスのボタンを外していたり、単に空想していることもあり……。内側にみなぎる生命力がその佇まいへと滲み出ているのがただ眩しく、すっかり魅了されました。

    これらの写真集が作成中との情報が入ってきたものの、なかなか刊行のニュースが届かず、待ち続けること1年余り。満を持して、本書が出版されるに至りました。

    1950年代初頭から70年代といえば、既にライターは『ハーパース・バザー』や『ヴォーグ』といった錚々たるファッション誌をおもな活動の場として、キャリアを積み上げていた頃に当たります。莫大な予算と多くの人々との協働によって人為的につくりだされた煌びやかな世界に身を置くかたわらで、およそ20年以上にわたり、自身のスタジオの上階で親しい女性たちの無防備な姿を密やかに捉えていました。

    ここにはおよそガラクタとも見紛うようなオブジェや型崩れした帽子といった味のあるものがひしめき、影響を受けたであろう日本画やフランスの画家たちの作品集が積まれています。プロフェッショナルな仕事の世界とは対極にあるこの場所が、自分自身を体現する、いわゆる「庭」、あるいは「テリトリー」といった、かけがえのない空間だったのでしょう。

    そんなほの暗い室内に差し込むかすかな自然光を頼りにして、親密な間柄だからこそ捉えられた日常的な情景には、ライターの終わりなき美を追求する姿勢がぎゅっと凝縮されています。そもそも彼は洗練された伝統的なヌードには興味がありませんでした。決して完璧な美を求めてはおらず、むしろ欠点を愛してさえいたほど。着飾らない秘められたシチュエーションで彼女たちのあるがままの姿を見つめ、不意に現れるはかない一瞬の煌めきを逃さなかった。その先には、本質的な美しさが映し出されています。

    1970年代、ライターは自身のヌード作品集をつくることを計画したものの、生涯のうちに実現することはありませんでした。作家本人にとっても念願の書籍化は、シュタイデル社が誇るモノクロ3色刷りの印刷技術が後ろ盾となり、より光と影のコントラストや粒子感が印象的な一冊に仕上がっています。

    In My Room / Saul Leiter / Steidl
    イン・マイ・ルーム / ソール・ライター / シュタイデル
    ページ数:148ページ
    装丁:ハードカバー
    サイズ:20.0 x 20.3 cm
    商品コード:ISBN 978-3-95829-103-4
    出版年:2018年
    価格:¥7,128