Vol.26 セザンヌへのオマージュに満ちた、巨匠のアトリエの写真集。

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    写真・文:錦多希子

    定期的に海外のひとつの出版社に焦点を当て、その出版社の本だけを取り扱うショップ「POST」のスタッフが、いま気になる一冊をピックアップ。今回、POSTの錦多希子さんが紹介してくれるのは、晩年のセザンヌが仕事場としたアトリエの写真集です。と言っても、主役となるのは絵画のモチーフとなったコレクションの数々。「平面性」を極めたセザンヌのアプローチを汲んだ、写真家の視点に注目です。

    Vol.26 セザンヌへのオマージュに満ちた、巨匠のアトリエの写真集。

    Atelier Cézanne / Joel Meyerowitz / Damiani
    アトリエ・セザンヌ / ジョエル・マエロヴィッツ / ダミアニ

    現代を生きる私たちにとっても比較的馴染みの深い、19世紀以降の近代絵画。モネ、マネ、ルノアール、ドガ……。激動の時代を生き抜いた画家のなかでも、今回は「近代絵画の父」と謳われたポール・セザンヌの生涯に目を向けてみます。

    画家を志してパリに出たセザンヌは、当時のパリ芸術界で唯一の発表の場であったサロンに繰り返し応募するものの落選を重ね、風当たりの厳しい時代が続きました。その状況下で、同じように日の目を浴びることのなかった印象派画家らと出会い、明るい色彩を獲得したと言われています。一時は結託してグループ展を開催したこともありましたが、光を見た通りに描くことを目指した彼らとは、次第に袂を分かつようになりました。二次元的表現である絵画の本質ともいえる「平面性」を念頭に置き、多視点的描画を導入すること。「自然を円柱、球、円錐として扱う」という、構造に対する幾何学的な捉え方。こうした画期的なスタンスで、セザンヌは既存の絵画のスタイルを刷新していきます。後のキュビスムに影響を与えたというのも頷ける話で、なんでもあのピカソに「彼は我々すべてにとって父である」と言わせしめたのだとか。彼の功績は、皮肉にもこの世を去った後に広く認められるようになったのです。

    写真家を夢中にさせてきたアトリエを、どんな視点で撮るか?

    セザンヌが最晩年、故郷であるフランス南部のエクス=アン=プロヴァンスに構えたアトリエは、自ら設計を担ったと伝わっています。他界した後も当時の状態のままで保存され、現在は一般に開放されています。彼の作品の主題といえば、近しい人たちをモデルにした人物画、エクス郊外にそびえるサント=ヴィクトワール山などが知られていますが、静物画の制作にも意欲的だったことを忘れてはいけません。このアトリエにはイーゼルや絵の具とともに、彼が好んで描いたリンゴや水差し、骸骨といった作品のモチーフがいまもなお保存されています。

    巨匠が制作に打ち込んだ現場であり、創作の源が詰まった場所。作品が生み出されていたこの空間にはかつての主の人柄や精神性がよく表れており、絵画作品とはまた異なる一面から作家の魅力を訴えます。とりわけ写真家にとっては、特段素晴らしい被写体に映るようです。

    これまでに、室内写真に長けたフランス出身のFrançois Halard(フランソワ・アラール)や、対象物と真摯に向き合う鈴木理策をはじめ、世界的に活躍する写真家たちがこの地を訪れ、ファインダー越しにその空間を撮り収めてきました。各々の作品からは、互いに創作を行う身として、ほどよい緊張感を抱きながら敬意を払っている様子がよく伝わってきます。たとえ客観的な視点に立とうと試みても、撮る人の感性までは隠しきれないのが写真という表現の面白さ。発表された写真作品を通じて、その写真家がどんな風に感じ取ったのか? その心の機微をうかがい知ることができます。

    アメリカ出身の写真家、ジョエル・マエロヴィッツがセザンヌのアトリエを訪れたとき、なぜこの画家がこれほどまでに賞賛されるのかをよく理解したといいます。室内のオブジェクトは北側の窓から注がれた光を受け、濃い灰色で塗りつぶした壁に溶け込むかのよう。作家自らが調色したこの壁は、すべての色彩を自然に見せるための配慮なのでした。この壁面を背景にすると、被写体はたちまち奥行きという三次元性をすっかり奪われてしまいます。

    目の前に広がる情景にただ感銘を受けたマエロヴィッツは、いみじくも自身の新しい作品のための着想を得ることとなりました。アトリエの管理者に掛け合って特別に許可を得て、大理石のテーブルトップの同じ場所にオブジェクトを配置して撮影することにしたのです。被写体が同じ条件下に置かれることで統一感が生まれる一方で、個々の存在感も際立ちます。まるでアトリエの主が描く絵画の世界に飛び込んでしまったかとも思わせる、申し分のない美しさを携えた写真群。これこそがマエロヴィッツなりの、セザンヌの提唱する平面性へのオマージュなのです。

    Atelier Cézanne / Joel Meyerowitz / Damiani
    アトリエ・セザンヌ / ジョエル・マエロヴィッツ / ダミアニ
    ページ数:116ページ
    装丁: ハードカバー(クロス装丁)
    サイズ:26.0 x 32.5 cm
    商品コード:ISBN 9788862085649
    出版年:2017年
    価格:¥7,200