Vol.25 ディテールまで本を分解する、スイスのブックアワードの年鑑。

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    写真・文:錦 多希子

    定期的に海外のひとつの出版社に焦点を当て、その出版社の本だけを取り扱うショップ「POST」のスタッフが、いま気になる一冊をピックアップ。今回、POSTの錦多希子さんが紹介する本は、「最も美しい本」を選ぶスイスのブックアワードの年鑑。「なぜこの本は美しいのか」という理由を、本を分解して見せていくアプローチが面白いです。

    Vol.25 ディテールまで本を分解する、スイスのブックアワードの年鑑。

    The Most Beautiful Swiss Books 2016 / Federal Office Of Culture / Nichole Udry, Bern
    ザ・モースト・ビューティフル・スイス・ブック 2016 / フェデラル・オフィス・オブ・カルチャー / ニコール・ウドリー、ベルン

    電子書籍の登場によって、物質的な紙の本は大きな転換期を迎えました。その存在が淘汰されてしまうのでは……と危ぶまれた当初の予想に反し、実はその後の刊行タイトル数は増え続けています。手順やコストといった制作手段の多様化に伴い、ニーズに応じた選択の可能性が広がったこと。アーティストが自身の表現の場として本という形態を選ぶようになったこと。さまざまな要因はありますが、つくり手にとっても読者にとっても、より出版という取り組みが身近になったように思えます。

    多種多様なアートブックとの度重なるめぐり逢いのなかで、ひと際存在感を放つ本にすっかり胸を鷲掴みにされることがあります。それは必ずしも華美だったり奇抜なデザインということではなく、かといって著名なクリエイターの関与したタイトルに限ったことでもありません。果たしてなにを受けて「いい!」と感じるものなのでしょうか? ある人は装丁に惹かれるかもしれませんし、またある人は純粋に収録された作品やコンテンツが気に入るということもあるでしょう。ひょっとしたら、鮮やかな色彩や紙質に魅せられることだってあり得ます。人に個性があるように、同じ本に対しても感じ方は人それぞれです。

    ところで、「神は細部に宿る」ということばを聞いたことはありますか? 20世紀を代表するモダニズム建築家のミース・ファン・デル・ローエが好んで使ったとも言われている言葉です。美や機能の追求とは、すなわちディテール(細部)の追求。素材や意匠といったごく細やかな部分にも、決して妥協することなく真摯に選び取る。このきめ細やかな積み重ねにより、全体として完成度の高いものが生まれます。この精神性を、アートブックのあり方にも見いだすことができそうです。

    アートブックの美しさの由縁を、物質的に追及する。

    世界各国には優れた本を表彰する「ブックアワード」という慣習がありますが、なかにはブックデザインという観点から本を選出する事例もあります。今回はスイスの「The Most Beautiful Swiss Books」にフォーカスして、実情を掘り下げてみましょう。

    年に一度行われるこのブックアワードは、その名が示す通り、本という領域においてグラフィックデザインに傑出したタイトルを「最も美しい本」として賞するというもの。受賞タイトルを秀逸な模範として取り上げながら、年鑑の刊行や展覧会の開催を行い、その本自体のプロモーションや、ひいては出版文化の面白さを伝えてきました。
    2016年は5名の審査員により、400あまりの候補本から24タイトルを選出。本年の年鑑を手がけたHubertus Design(ヒューベルトゥス・デザイン *1)は、まさに文字通り本に立ち戻り、物質的な面から美の本質を追求するように誘います。

    本書では、1冊の本を構成要素の単位まで分解するという斬新な切り口で検証していきます。コンセプト、グラフィック・デザインやタイポグラフィ、印刷や製本のクオリティ、使用されている紙の素材など8つの観点から章立てをし、そこからさらに細分化していくのです。この画期的なアプローチによって、たとえば制作プロセスや制作者の意図といった、本の裏側に潜む部分にも関心が及ぶようになります。細部までよく目を凝らして見てみてみると、美的強度のあるアートブックには綿密な仕掛けがちりばめられていることを思い知らされます。

    ブックデザインからはやや逸れますが、本書のテキストはすべて、スイスの公用語であるドイツ語・フランス語・イタリア語に加えて英語と、4カ国語で表記されています。言語面でも障壁を取り除き門戸を開くスタンスは、スイスの多様性を静かに物語っています。

    独創的なモノの見方を得ることは、視野を広げることに繋がり、結果として教養が深まる。本にまつわる各方面の専門家はもちろん、ブックデザインに関心を寄せるすべての人に向けて、知的好奇心を満たすものとして、また資料としても有益な機会となることを願います。


    *1 Hubertus Design
    スイス・チューリッヒを拠点とするデザインスタジオ。アート、建築、文化、教育、政治といった領域において独創性のある具体的な視覚伝達の解決方法を提供する。
    http://hubertus-design.ch

    The Most Beautiful Swiss Books 2016 / Federal Office Of Culture / Nichole Udry, Bern
    ザ・モースト・ビューティフル・スイス・ブック 2016 / フェデラル・オフィス・オブ・カルチャー / ニコール・ウドリー、ベルン
    ページ数:420ページ
    装丁: ソフトカバー
    サイズ:22.0 x 30.0 cm
    商品コード:ISBN 978-3-909928-40-8
    出版年:2017年
    価格:¥5,832