Vol.17 リトグラフに込められた、世界観を「共有」する絵本。

    Share:

    写真・文:中島佑介

    定期的に海外のひとつの出版社に焦点を当て、その出版社の本だけを取り扱うショップ「POST」のスタッフが、いま気になる一冊をピックアップ。今回、中島佑介さんが紹介してくれるのは、リトグラフによって描かれた蛇腹式の「童話絵本」。懐古的とも判断できそうなこの一冊に、アートブックの可能性を見出します。

    Vol.17 リトグラフに込められた、世界観を「共有」する絵本。

    Cendrillon / Warja Lavater / Edition Maeght
    シンデレラ / ウォーリャ・ラバター / エディション・マーグ

    フランスのギャラリー「Galerie Maeght(マーグ画廊)」は1936年にカンヌで設立、1946年にはパリへと拠点を移し、今日まで続く老舗ギャラリーです。ピカソやマチス、ブラックやレジェといったモダンアートの巨匠たちとともに一時代を築いてきた存在で、フランスのアーティスト以外にもスイスのアルベルト・ジャコメッティやロシアのマルク・シャガール、アメリカのエルズワース・ケリーやアレクサンダー・カルダーなど、国際的に活躍する作家たちとも継続した関係性を築きながら活動を続けてきました。
    同時代の作家たちの作品を紹介するギャラリーと並行して注力していたのが出版業務で、1973年には出版部門Edition Maeghtを設けています。展覧会ごとに刊行されて図録の役割を果たした[Derrière le Miroir]は、この出版社の代名詞とも呼べるシリーズで、図版がリトグラフで印刷されているのが特徴になっています。印刷物でありながら作品性を帯びた優れた出版物は、国際的にも高い評価を得てきました。[Derrière Le Miroir]は1980年代で完結していますが、リトグラフを使った印刷物はその後も継続的に制作しています。そのひとつが、ビジュアルアーティストのウォーリャ・ラバターと制作してきた絵本です。

    世界の共通言語といえる、色彩と図形だけで表現された童話。

    ウォーリャ・ラバターは1913年スイス生まれ、ストックホルムやバーゼル、パリなどで学んだのち、ニューヨークを拠点に活動しました。彼女にとって本は重要な作品発表手段で、2007年に亡くなるまでに多くのアーティストブックを残しています。Edition Maeghtと制作をしたのは世界中で誰もが知っている童話を絵本にしたもので、この本は「シンデレラ」を題材にした一冊です。絵本といえば、一般的には挿絵と文章でストーリーが語られますが、この本ではテキストが一切使われず、ページを開くと丸や四角、三角といった単純な図形がページ上に配置されています。これらの図形は登場人物や場面が記号として表現されたもので、ページをめくっていくと色彩の変化と図形の動きだけで物語が進んでいきます。華やかな場面ではビビッドな色彩、暗く悲しい場面ではダークトーンが使われ、視覚的に場面の変化がダイレクトに伝わってくるのは、濃淡や彩度が美しいリトグラフならではでしょう。

    この本の特徴のもうひとつが蛇腹式の製本です。ページが途切れることなく続いていく造本は、物語の連続性を表す役割を果たしています。このシリーズではシンデレラ以外にも「赤ずきん」といった有名な童話や、「浦島太郎」「かぐや姫」といった日本の昔話まで、世界各国の童話を題材に刊行されています。翻訳で言葉のニュアンスが変わってしまう可能性のあるテキストではなく、世界の共通言語となり得る色彩と図形だけで表現する方法は、物語の翻訳方法として有効な手段といえます。

    リトグラフでの印刷や蛇腹式の製本は、今日では採用されることがまれな古典的ともいえる方法で、作品性の高い複製物や工芸的な側面から使われることが多いですが、適切な使い方をすれば古典的な技術が懐古的・工芸的なものではなく、表現自体に強度を与える手段として活用できることを本シリーズは物語っています。効率性が優先されがちな今日、手間のかかる古くからの技術は徐々に淘汰されつつありますが、過去の技術を見直す作業はアートブックの表現が多様になっているいまだからこそ必要な作業かもしれません。

    Cendrillon / Warja Lavater / Edition Maeght
    シンデレラ / ウォーリャ・ラバター / エディション・マーグ
    ページ数:40ページ
    装丁:ハードカバー
    サイズ:11.3 x 16.0 cm
    出版年:1978年
    価格:¥8,424