Vol.07 ページをめくるごとに、展覧会場で作品を観ているような追体験を。

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    写真・文:中島佑介

    定期的に海外のひとつの出版社に焦点を当て、その出版社の本だけを取り扱うショップ「POST」のスタッフが、いま気になる一冊をピックアップ。今回、中島佑介さんが選んでくれたのは、出版社ではなく、ギャラリーの刊行物。世界のトップギャラリーとして評価されるガゴシアン・ギャラリーが優れたアートブックをつくる背景に迫ります。

    Vol.07 ページをめくるごとに、展覧会場で作品を観ているような追体験を。

    Cy Twombly at Inverleith House / Cy Twombly, Mark Francis / Gagosian Gallery
    サイ・トゥオンブリー アト インヴァーリス ハウス / サイ・トゥオンブリー、マーク・フランシス / ガゴシアン・ギャラリー

    アートブックを制作しているのは出版社だけではありません。その最たる例がアメリカを拠点とするガゴシアン・ギャラリーです。ポップアートのアイコンともいえるアンディ・ウォーホルやジャン=ミシェル・バスキア、サイ・トゥオンブリー、アンセルム・キーファーといった21世紀の巨匠たち、現代写真の旗手であるアンドレアス・グルスキーやトーマス・ルフ……と世界のトップアーティストたちが所属作家として名を連ねます。現在は世界各国に13カ所のギャラリーをもち、世界のトップギャラリーとして高い評価を得ています。

    インターネットとは異なる、アートブックの機能と構造。

    このガゴシアン・ギャラリーは展覧会を開催するごとに図録を出版していますが、いわゆる図録にとどまらない美しい書籍はアートブックコレクターからも定評があります。この書籍は、2002年にイギリスでトゥオンブリーの個展が開催された時に刊行されました。インスタレーションビューと作品の忠実な複写をうまく織り交ぜ、ページをめくるごとに展覧会場で作品を鑑賞しているかのような追体験を演出し、会場という物理的な制約のある展覧会を書籍化によってパッケージし全世界に伝播させることを意図した編集は、書籍の優れた機能のひとつである流通力を活用したといえるでしょう。

    また、上品な素材と加工の組み合わせはトゥオンブリーの作品を象徴しているかのようです。造本、デザイン、印刷加工など、本を構成している要素は限られていますが、その組み合わせは多様で、小さな選択の積み重ねによって1冊の本が仕上がっています。ガゴシアンから刊行されている書籍は、土台となるコンセプトをしっかりとつくり、コンセプトに基づいて適切な選択が積み重ねられた結果できあがっているのが見てとれます。作家性を体現するアートブックを継続して出版し、多くの人に鑑賞の機会を与えていることは、文化の成長と発展に大きな功績を残しているのではないでしょうか。

    2000年代初頭はアートブックの過渡期にありました。書籍は情報を伝える有効なメディアとして長らく機能していましたが、インターネットの登場によって存在が脅かされることとなります。また、この当時に出版されていた本の多くは、オリジナル作品の複製が掲載されているカタログとしての機能が強くなり、本そのものが表現となっている例は少なかったように思います。出版不況と言われる状況は、インターネットの登場により環境が変化したためだけでなく、出版社自身も過去からの方法を維持するのみにとどまっていた点にも原因があるのかもしれません。

    ガゴシアンから刊行されたこの書籍はその渦中に刊行されています。インターネットと本の差異が意識され、優れたアートブックが増えた2010年代のいまこの本を見ても、色褪せているどころか、今日のブックデザインで重要視されている本の機能と構造を活かしたつくりに驚かされます。アートブックを制作するにあたって、作品の重要なポイントを見抜き、適切なプロダクションを行う優れたセンスが、長きにわたって世界のトップギャラリーとして評価される由縁なのでしょう。

    Cy Twombly at Inverleith House / Cy Twombly, Mark Francis / Gagosian Gallery
    サイ・トゥオンブリー アト インヴァーリス ハウス / サイ・トゥオンブリー、マーク・フランシス / ガゴシアン・ギャラリー
    ページ数:106ページ
    装丁:ハードカバー
    サイズ:26.2 x 31.2cm
    商品コード:ISBN 1-880154-84-6
    出版年:2003年
    価格:¥8,316