『太陽肛門』に新訳が登場。平易な言葉と構成の斬新さ、ハンディでお洒落な...

『太陽肛門』に新訳が登場。平易な言葉と構成の斬新さ、ハンディでお洒落な装丁でバタイユの思想の核心に迫ります。

文:赤坂英人

『太陽肛門』に新訳が登場。平易な言葉と構成の斬新さ、ハンディでお洒落な装丁でバタイユの思想の核心に迫ります。

ジョルジュ・バタイユの新訳本。『太陽肛門』酒井健訳 景文館書店 ¥562(税込)

ヨーロッパの文学や思想に興味をもつ読書人たちの間で、小品ながらちょっとした話題となっている本があります。景文館書店から出版されたジョルジュ・バタイユ(Georges Bataille  1897~1962年)の『太陽肛門(L'anus solaire)』(酒井健訳)です。バタイユといえば、20世紀のフランスで過激なテキストを書いた文学者、思想家として知られています。『眼球譚』や『マダム・エドワルダ』などの文学作品、『無神学大全』『呪われた部分』『エロティシズム』などの思想、哲学的著作などが有名で、仏文学者の生田耕作らによる優れた訳業が既にあります。また近年は、ジャック・デリダやミシェル・フーコーらフランスのポスト構造主義の哲学者たちに大きな影響を与えた思想家としても、評価が高まっています。

それにしても、『太陽肛門』とはインパクトのある題名です。1897年にフランス南東部ビヨムで生まれたバタイユは、25歳で古文書学校を卒業して、パリ国立図書館に図書館司書として勤務します。そして1931年、バタイユは『太陽肛門』を100部限定で出版しました。今回、景文館書店から出版されたのは、その新訳本です。翻訳者は法政大学文学部の気鋭の哲学教授である酒井健先生です。その簡潔で平明な訳文と解題は、今回の出版の特筆すべき特長のひとつです。さらに、原テキストの翻訳が約20ページあり、その後に訳者による解題が訳文の約2倍の40ページほど続く構成も、斬新な編集方針だと思います。つまりここに、いまだに難解のイメージがあるバタイユの作品を、徹底的に深く掘り下げて説明し、読者に理解してもらおうという心意気、エディターシップを感じるのです。

「世界が純粋にパロディであるのは明白なことだ。つまり人が目にする事物はどれも他の事物のパロディなのである。そうでない場合、事物は同じままであって、その姿にはがっかりさせられる。」(『太陽肛門』冒頭)

「生命がパロディであり、解釈が不足していることは誰しも自覚するところだ。たとえば、鉛は黄金のパロディである。大気は水のパロディである。金属の輪は赤道のパロディである。性交は犯罪のパロディである。」

パリ国立図書館で図書館司書として勤務していたバタイユが、『太陽肛門』を執筆したのは1927年。彼が29歳の時で、「陽気で、破廉恥に生きたい」と願う「病的な人間」だった、と後に彼は当時を回想しています。しかし、僕が感じたのは、「病的な人間」どころか、彼は十分に「健康」で聡明だったのではないかということです。ただ、バタイユには普通以上に、世間のものごとの仕組みが見えていたために、「病的な人間」にでもなる他は、なかったのではないでしょうか。また、この本は大変な本だなと改めて感じました。バタイユの言葉を理解するにはその言葉の背後にあるものを知らねばなりません。しかし、探っていくとそこには複数の答えがあるようにも思うのです。そして『太陽肛門』のテキストの間には、これから姿を現してくるバタイユの思想のエッセンスが、そこここに散在しているようなのです。バタイユも、それを予感したからこそ、この本を限定でもかまわないから出版したのではないでしょうか。「病的な人間」だった若きバタイユの「病者の光学」が捉えた「世界」の核心が、ここには無造作に露出しているようです。

『太陽肛門』の訳文や解題が簡潔で明晰であることは先に触れましたが、その上、ユニークだと思うことがあります。本の外観である装丁のことです。表裏すべてを光沢のある黒一色にして、書名などは白抜きとした装丁。本の厚さは5㎜にも満たないような薄さで、軽いモバイル的な本なのです。そして定価は562円也。お洒落でハンディな装丁と安価な価格。その上、書かれている肝心の中身が、ベルグソンやニーチェを経てバタイユの過激な思想の核心に迫るものだとすれば、話題にならない方がどうかしています。

装丁者について版元に伺うと、装丁は景文館書店の代表であり、編集者でもある荻野直人さんのアイデアだということでした。荻野さんは言います。

「解題は14稿まで校正を繰り返し、酒井先生と協力してつくり上げたもので、おざなりなあとがきにはなっていないはずです。短くても、一冊の本にして繰り返し読む価値があるテキストを低価格帯で、ストレスなく持ち運べる薄い本にして発行したいと思いました。『太陽肛門』は、『眼球譚』と同じくらい知名度はあるはずですが、読んだ人は少なく、謎の奇書のような捉え方もされてきました。それだけに、『太陽肛門』だけで適切な解説を付けた初めての本にすれば、バタイユの既存の読者にとっても、新たな読者にとっても内容を楽しめる本になるのではと考えました」

この『太陽肛門』の装丁の洒落たところをもうひとつお知らせします。表紙の次ページと裏表紙の前ページにレイアウトされている、イギリスの1970年代を代表するパンク・ロック・バンド「セックス・ピストルズ」のモノクローム写真です。闇の中でベースのシド・ヴィシャスが恍惚の表情でなにかを叫んでいます。2018年に発行された新訳の『太陽肛門』。それは原書にも劣らぬ、ラディカルでお洒落で、そしてダダな本ではないでしょうか。

『太陽肛門』に新訳が登場。平易な言葉と構成の斬新さ、ハンディでお洒落な...

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