なにしていいのかわからなくなった人に贈る、「レンタルなんもしない人」が人生で影響を受けた本3冊。

  • 写真:加藤佳男
  • 文:吉田けい

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ひとりで入りにくい店やゲームの人数合わせ、花見の場所取りなど、「なんもしない」けれど、ただひとり分の人間の存在が必要な時に来てくれるサービスを行う「レンタルなんもしない人」さん。ツイッターのフォロワー数26万人超(2020年4月現在)。20年の春にはレンタルさん本人をモデルにしたドラマも放映されるなど、ますます注目を集めている。

今回は、外出などを制限されて「なんもできない」と戸惑う人も多い状況下で、レンタルさんに人生で影響を受けた本を教えてもらうことに。ツイッターからDMで依頼したところ、「承知しました」とお返事が。ビデオ通話でのインタビューに応じてもらった。

「いまは外出を伴う依頼をキャンセルや延期とさせていただいているので、だいたい家にいます。たまに奥さんと子どもと散歩に出るくらい。家ではツイッターを見たり、ゲームをしたり。でも本はあんまり読んでないです」

レンタルさんが読む本はかなり限られている。自分に合わない価値観を押し付けてくるようなビジネス書や自己啓発本は読まず、ただストーリーを進めるためだけに文章を追わせるような小説も読まない。

今回挙げてもらった3冊は、まさにレンタルさんの生き方そのものに大きな影響を与えた本だ。

「自分の内側から湧いてきた価値観で生きることを促してくれた本です。おかげで、自分はまわりから言われた中で嫌じゃないことをやっていく、という受け身の生き方をしたいんだって気づいたけれど、“自分が本当はなにがしたいのか”は、人によって違うから」とレンタルさん。外出を自粛せざるを得ないいま、自宅に籠って本を読み、自分の生き方に向き合ってみてはいかがだろう。

ビデオ通話の画面を撮影させてもらったレンタルさんの近影。

レンタルなんもしない人●1983年生まれ。既婚、1男あり。理系大学院を卒業後、出版社などに勤めたのちに上京。2018年からツイッター上で「なんもしない人」として自分を貸し出すサービスを開始し、現在のフォロワーは26万人超(20年4月16日現在)。この4月にスタートしたドラマが話題になっている他、著書『レンタルなんもしない人のなんもしなかった話』(晶文社)を上梓。ツイッターアカウント: @morimotoshoji

『ツァラトゥストラかく語りき』フリードリヒ・W・ニーチェ 著 佐々木 中 訳 河出書房新社 ¥1,320(税込)

稀代の哲学者ニーチェの「超人」や「永劫回帰」といった思想が、ツァラトゥストラを主人公とした物語の中で語られる濃密な一冊。決して読みやすい本ではないが、影響を受けた本としてレンタルさんは筆頭に挙げる。

「僕はいつも、一文一文の味わいを楽しむような感覚で本を読んでいるんですが、この本は、文に込められた精神みたいなものが身体に浸透してくる感じがありました。本の中に『哄笑せよ』という言葉が出てくるんですが、嫌なことがあった時とかに脳裏によみがえってきて、なんでも笑ってしまえばいいやという気持ちになります。あと、言いがかりをつけてくるような人に対しては、ルサンチマン(恨みや嫉妬心)を抱えた『畜群』とか『末人(超人の対極)』といった言葉を思い出して、溜飲を下げたりしています……。大っぴらには言えない表現ですけどね」

「哄笑」というキーワードに助けられたというレンタルさん。

"自分の価値観”で生きることを促してくれた本。

『バガヴァッド・ギーター』上村勝彦 訳 岩波書店 ¥792(税込)

「『バガヴァッド・ギーター』は、たまに読み返します。批判や称賛に一喜一憂せず、結果にも執着せず、ただ行為のみに専心しろ、とのクリシュナ神の言葉を読むと心が安定してくるんですよ。バッシングを受けた時とかにいいですね。自分が行動した結果、誰かを傷つける可能性はどんな時でもある。ただ、それを考えていたらキリがないし、考えないでいいよって教えが救いになります」

自分の価値観を押しつけてくる教訓めいた本は苦手だが、ヒンドゥー教の聖典のひとつでもある本書は、「神様の言葉だし、一周回って大丈夫だった」とのこと。前出の『ツァラトゥストラかく語りき』と『バガヴァッド・ギーター』は、その本を読んだ人と出会った時に本について話ができるよう、常に持ち歩いているそうだ。

クリシュナ神の言葉が、レンタルさんに心の安定をもたらした。

『ゆっくり、いそげ――カフェからはじめる人を手段化しない経済』影山知明 著 大和書房¥1,650(税込)

レンタルさんが『ツァラトゥストラかく語りき』を読むきっかけとなったのは、西国分寺にあるカフェ「クルミドコーヒー」での哲学カフェというイベント。その進行役をしていたのが、オーナーである影山知明さんだった。

「とにかく影山さん自身がとても面白い人で。その著書である『ゆっくり、いそげ』を読んでみたら、一般的な経済では時間を短縮して利益を最大化することが仕事の目的とされているけれど、影山さんが提唱する経済では時間と手間をかけることこそが仕事であり、結果として利益が生まれてくると書かれています」

実際に、クルミドコーヒーではクルミの産地にみんなで収穫に行くなど農家の人を直接支援することを通して(ほかにもいろんな価値交換があり、それも踏まえてになるが)、品質がよく比較的高価な国産クルミの仕入れを成り立たせているのだという。

「支援という形なので、収穫作業への金銭的な対価は見込んでいないと思うのですが、それでも収穫に参加したい従業員やお客さんがいるということは、収穫体験そのものを価値として受け取れる人がいるということだと思います。このことは、依頼者がご飯を奢ったり、ギフト券を贈ったりと、一見僕が一方的に支援されてるように思える依頼が成立していることに通じます」

レンタルさんの現在の活動にもつながった、クルミドコーヒーオーナーの影山さんの著書。