私も誰にも邪魔されずに、自分の弱さを叫びたい──人気女性シンガーソング...

私も誰にも邪魔されずに、自分の弱さを叫びたい──人気女性シンガーソングライター家入レオが語る、人間・尾崎豊とは

写真:柏田テツヲ 文:澤田真幸

家入レオ(いえいり・れお)●1994年、福岡県生まれ。15歳の時に完成させた「サブリナ」で2012年にデビュー。同年の第54回日本レコード大賞の最優秀新人賞を受 賞。これまで数多くのドラマ主題歌やCMソングを手がけてきた人気女性シンガーソングライター。

来年2022年は尾崎豊没後30周年の節目を迎える。混迷を極める時代の中で、いまも世代、性別、国境を超えて愛され、歌い継がれている尾崎の音楽。ここでは現在のJ-POPシーンを牽引する20代、30代、40代の実力派シンガーソングライターにスポットを当て、尾崎の魅力を掘り下げる。

最後に登場するのは、尾崎の「15の夜」が音楽の道を目指す扉を叩いたと証言する、女性シンガーソングライターの家入レオ。尾崎の音楽が思春期に与えたインパクトと、孤高のロックミュージシャンではなくひとり人間としての尾崎の魅力を家入が語る。


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17歳の時、シングル「サブリナ」でメジャーデビュー。青春期ならではの心の叫びや葛藤をさらけ出した歌詞を、桁外れの表現力で歌う現役女子高校生シンガーソングライターの登場は、人々の度肝を抜いた。

幼少期よりピアノを習い、小学校では合唱部に所属していた家入レオが音楽の道を志したのは13歳の時。きっかけは母親が持っていた CDで尾崎豊の「15の夜」を聴いたことだった。

「当時、私はエスカレーター式の女子校に通っていて、いまでも仲よくしている友達との楽しい出会いもあったのですが、年齢的にも環境的にも本音建前を学び始めた時期ということもあって、周囲とうまくいっていないと感じることが多かったんです。明るい自分じゃないと嫌われるとか、本当のことを言ったら居場所がなくなると思っていて。そんな時期に尾崎豊さんの『15の夜』を初めて聴いて衝撃を受けました。たとえ傷ついても自分でいることをさらけ出す覚悟というか、私もこんな風に、弱さを誰にも邪魔されずに叫びたいって思ったんです」

しかも作詞作曲をすべて尾崎自身で手がけていたことにも驚いたという。

「それまで歌というものは誰かがつくっていて、そこに自分の声や気持ちを託すものだと思っていたんです。歌手が自分で言葉やメロディを紡いでつくるという感覚がなかったので、尾崎豊さんの曲を聴いて第六感を得たじゃないけど、音楽って自分でつくれるんだってことを初めてリアルに知りました。 勝手に行き止まりだと思っていた道に、その向こう側があるってことを教えてくれたというか、自分の人生に音楽をつくるという転機を与えてくれたのが尾崎豊さんだったんです」


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若者の気持ちを代弁し、 引き受けてくれた人


地元の音楽スクールに通うようになった家入は、ギターの練習も始め、自分の心のうちにあるさまざまな感情をどんどん歌にしていった。やがて本格的に音楽の道で生きていくと決め、 16歳の時に単身上京を果たす。その頃によく聴いていたのが「Scrambling Rock n’’Roll」だ。

「東京では芸能コースがある高校に通っていたんですけど、もう本当に行きたくなかった。いまでもこの曲を聴くと当時のことを思い出し過ぎるので、あんまり聴きたくないぐらいです。でも聴きたくないって思わせるぐらい、 曲が思い出の保管箱になっているというのがすごいですよね」

初期の2枚のアルバムに顕著だが、青春期の鬱屈や反抗心をストレートに作品に投影した尾崎の楽曲は、その純粋さゆえ心に深く突き刺さる。誰もが 通る道であり、誰もが経験する気持ち。 多くの若者が尾崎の中に自分の姿を重ね、そこに自画像を求めていた。

「当時の私から青春の鬱積した気持ちをバシッと切り取ったら、尾崎豊さんになる。そういう人は私以外にもたくさんいるんじゃないのかな。若者の代弁者という言われ方をしていましたけど、本当に多くの少年少女の気持ちを引き受けてくれた存在だったんだなあって思います。だから、亡くなって 年経ったいまでも愛されているし、注目を浴びる存在なんだと思います」


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しかし、その若者の代弁者的な生きざまがやがてひとり歩きを始め、のちには虚像となって尾崎自身を苦しめていったことは間違いない。

「いろんな考え方があるし、これはあくまでも私個人の意見ですけど、尾崎さんはすごく優しくて、すごく純粋な人だったと思うんです。ファンのみんなから求められることに応えようとしていたから、大人になるタイミングを逃しちゃったのかなって」

そう話す家入自身も、いまだにデビュー当時のスキニーにTシャツ、黒髪というスタイルがよかったと言われることもあるという。

「でも、歳を重ねていけば考え方だって変わります。ピアスだって開けたくなるし、髪を染めたいと思うことだってある。決して比べられるような話ではありませんが、尾崎さんも当然さまざまな葛藤があった上で、結果的に自分の人生を犠牲にしてでも、自分を信 じる人たちすべてを守った。そういう意味でも、本当に優しい人だったんだなって思います」

尾崎が紡げなかった歴史は、彼を愛した人たちの胸の中で、それぞれの物語をつくりながらいまも続いている。 歴史に「if」はないけれど、もし彼に会うことができたらなにをしたいか。

「本当に幸せだなって感じたのはいつですかって聞いてみたいかもしれません。あれだけ注目されて、人が欲しいと思うものはたぶんすぐかたわらにあったと思うので、その次の夢ってなんだったんだろうなって」


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※Pen2019年5/1・15号「尾崎豊、アイラブユー」特集よりPen編集部が再編集した記事です。

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