『謎の天才画家 ヒエロニムス・ボス』

監督/ホセ・ルイス・ロペス=リナレス

観る者を異次元の世界に誘う、『快楽の園』の謎に迫る。

大倉眞一郎 ラジオナビゲーター

映画のシーンより。上:『快楽の園』を眺める作曲家のルドヴィコ・エイナウディ。上左:この絵は教会に飾られる三連祭壇画の形式だ。上右:そこには裸の男女や不思議な生き物などが描かれ、解釈を巡り、何世紀にもわたり学術論争が続く。©Museo Nacional del Prado ©López-Li Films

20年以上前に1年間ほど、ほぼ毎週マドリッドに出張していたことがある。プラド美術館は私の庭になった。まず向かうのはヒエロニムス・ボスの『快楽の園』で、時間がなくなれば他の膨大な展示作品を観ずに帰ることもしばしばだったが、後悔は全くない。ボスとの幸せなランデブーである。 

不思議なのは作品に出会うたびに、絵の大きさのイメージが異なることである。こちらの体調や気分によって印象が変わることがあっても、サイズが違って見えたのはなぜだろうか。それくらい、毎回の出会いが衝撃的だったということなのだろうか。 

この映画が公開されると聞いて、ようやく世界が私に追いついたと喜んだ。いや、実は自分だけの画家だと独り占めしたかったのに、知られてしまうことがいささか悩ましくもあった。 

ボスの作品が素晴らしいのは、どれも異次元の世界に観る者を連れ出す、やや危険な香りがするところだ。映画はその香りを失わせることなく、丁寧に、優しく、解説は確かに役に立つけれど、その解釈を決定づけるものではないと語りかける。 

ボスが何を意図して、この絵を生み出したのかは謎である。謎が謎のままであることが、さらに私を魅了する。「それで構わないんですよ。あなたのボスをじっくり観てください」と肩を叩く。それでいて作品を次々と映し出し「ほら、これはいかがですか。いま、何を感じましたか」と誘い続ける。余計なことを一切加えず、ボスを知るための必要最小限にして的確なエピソードを挿入する。これは画家を紹介する映画ではなく、制作者がいかにボスを愛しているかを語った映画だ。 

ただひとつの心配事は、本作が公開されて、『快楽の園』の前に『モナ・リザの微笑み』のような行列ができて、じっくり鑑賞できなくなるのではないかということである。

『謎の天才画家 ヒエロニムス・ボス』

監督/ホセ・ルイス・ロペス=リナレス
出演/ラインダー・ファルケンブルグ、シルビア・ペレス・クルースほか 
2016年 スペイン・フランス合作映画 1時間30分