過激な表現の奥に潜む、身体とテクノロジーの複雑な衝突。

『アイリシリ』

アースイーター

過激な表現の奥に潜む、身体とテクノロジーの複雑な衝突。

木津 毅 ライター

ニューヨークのクイーンズを拠点とするアーティスト、アレクサンドラ・ドリューチンによるソロ・プロジェクト。郷愁や荒々しいエネルギーがリスナーを惹きつける。今作は2018年6月にLPとデジタル配信でリリースされたものを日本独自CD化。

現代のメジャーな音楽シーンにおいてエレクトロニックな手法がごく一般的なものとなっているのは、PCや多彩な音楽制作ソフトが普及したことが大きいのだろう。結果として、それ自体に新鮮さは失われてしまった。だがそのことに抗するように、アンダーグラウンドのエレクトロニック・ミュージックにおいては簡単に消費されることのない、より実験的なサウンドが求心力を持つようになっている。 アースイーターを名乗るアレクサンドラ・ドリューチンはニューヨークを拠点とする女性アーティストで、3枚目のアルバムとなる『アイリシリ』をベルリン拠点の実験音楽を得意とするレーベル「パン」からリリースした。抽象的なエレクトロニック・ビートと華麗な弦やハープの調べ、そしてドリューチン自身のダークだが妖艶な響きの歌がせめぎ合うという、おそろしく先鋭的で奇妙な美しさを湛えた作品だ。彼女はビョークからの強い影響を公言しているが、なるほど特定の枠に収まらない独自のアート表現は似ているところもあるかもしれない。しかしアースイーターのエレクトロニック・ミュージックは、ビョーク以上に過激な逸脱を恐れていないように聞こえる。  
彼女の表現の特異さを知るには、ぜひミュージック・ビデオを見てほしい。挑発的な姿で登場するドリューチンに釘づけになるはずだ。なかでも墓場を舞台にして、常人では考えられない方向に身体を曲げるラストトラック「Claustra」の映像は、攻撃的なビートと陶酔的なヴォーカルとも相まって強烈な印象を残すだろう。そのビデオによく表れているが、身体とテクノロジー(機械)の複雑な衝突がこの作品の重要なモチーフのひとつとなっている。それは我々の現代の生活を示唆するものだ。リスナーは刺激的なサウンドに圧倒されるだけでなく、哲学的な思索にまで導かれるのである。

『アイリシリ』
アースイーター 
PCD−24795 
Pヴァイン 
¥2,592(税込) 
12/26発売

過激な表現の奥に潜む、身体とテクノロジーの複雑な衝突。