ソ連体制下で精神の自由を問う、ラトヴィア文学のベストセラー

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    『ソビエト・ミルク ラトヴィア母娘の記憶』

    ノラ・イクステナ

    ソ連体制下で精神の自由を問う、ラトヴィア文学のベストセラー

    今泉愛子 ライター

    バルト3国のひとつであるラトヴィアは、1918年に建国を果たした。しかし第2次世界大戦後にソ連に併合され、その状態はソ連が崩壊する91年まで続いた。公用語はラトヴィア語だが、ソ連時代に移民が増え、現在もラトヴィア語を話す住民は6割ほど。残りはロシア語系住民だという。

    それにもかかわらず、人口200万人弱のラトヴィア国内で、ラトヴィア語で書かれた本書が5万部を売り上げたというのだから驚きだ。おそらくソ連体制下における、市井の人の日常や心の動きを克明に描いたことが反響を呼んだのだろう。2015年の出版以来、世界10カ国語に翻訳され、このたび邦訳された。

    物語は、母と娘の人生を交互に描く。母が生まれたのは1944年だ。ナチスドイツから解放された後、すぐにソ連軍がやってきた。母の父親はソ連軍に連行されて行方不明に。その後、新しい父親ができた。幼い頃から優秀だった母は、医師になる。娘が生まれたのは69年だ。

    祖国はずっと支配されたままで、クリスマスを祝うことも芸術を楽しむことも許されなかった。母と娘の人生は、対照的だ。母はずっと息苦しさを感じ、心が壊れていくが、娘は殻にこもらず自由で社交的だった。

    幼い頃から母を苦しめたのは、祖母の存在だ。臆病な祖母は自分から体制に迎合し、母にもそう生きることを望んだのだ。祖母は孫である娘にとってはいい祖母で、仕事に忙しい母の代わりに、愛情深く育ててくれた。

    これは、ラトヴィアで精神の自由を求めた3代にわたる女たちの物語だ。支配下にあって、精神的な自由を自らいかにして守るべきか、という叫びが聞こえてくる。生真面目であるがゆえに心が壊れてしまった母と、その母を支えてたくましく生きた娘との対比が印象に残る。


    『ソビエト・ミルク ラトヴィア母娘の記憶』 ノラ・イクステナ 著 黒沢 歩 訳 新評論 ¥2,200(税込)