アイデンティティの葛藤を経て、ついに見つけた自らの場所。

  • 文:佐藤 渉

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『here』

KOJOE

アイデンティティの葛藤を経て、ついに見つけた自らの場所。

佐藤 渉「Strictly Bookss」店主

KOJOEは、自身の揺れ動くアインデンティティを一貫してテーマにしてきたラッパーだ。転勤族の家に生まれて日本を転々とし、17歳で渡米。NYクイーンズの黒人コミュニティの中で胸いっぱい呼吸し、やがてラッパーとして頭角を現す。帰国後の2012年には、米のスターラッパーをゲストに迎えたファースト・アルバム『MIXEDIDENTITIES 2.0』を発表。日本のラップシーンに少なからぬ衝撃を与えた。

ハスキーだがこもらない声質と、英語と日本語を自在に横断するラップ・スタイルは、当時から既に完成されており、翌年のセカンド『51st State』(=51番目の州)でもそのスキルを十分に堪能できる。だが、タイトルに如実に現れているように、2つの国に引き裂かれたアイデンティティの問題は彼の中心に巣食い、苛立ちとも感じ取れる切迫感を常に漂わせていたのも確かだ。

それが、4年半ぶりの本作。タイトルは『here』。一聴して感じるのは、余裕すら感じさせる、迷いのなさだった。KOJOEは言う。

「全国を回って、仲間と長い時間を過ごして、わかってきたんです。俺の居場所はここ(here)なんだって。俺はただ、音楽の中に居ればいい。もう生き方に迷いはなくなりましたね」

「音楽の中に居る」との言葉通り、楽曲の多彩さも目立つ。自身の青春でもある90年代ヒップホップ名曲調のトラックにのる、後ノリのラップ。近年コラボが目立つオリーブ・オイルやアーロン・チューライなど、生演奏をも巧みに操るビートメイカーの影響から、ピアノも演奏。アルバム後半のアブストラクトな楽曲群は、音楽理解の深まりを示すKOJOEの新境地と言えるだろう。

最後に、このシンプルなジャケットについても一言、聞いてみた。「他に何も必要ないって思って。中身を聞いてもらえれば、わかるから」

潔い自信作の誕生だ。

新潟生まれ、NYクイーンズ育ち。英語と日本語を自在に操るバイリンガル・ラッパー。アジア人で初めて米の名門ヒップホップ・レーベルと契約し、一躍有名に。今回のアルバムは総勢20名以上のビートメーカーやラッパーとつくり上げた大作。

『here』

KOJOE
PCD-25245
Pヴァイン/ジャジースポット
¥2,700(税込)