独特の引力をもって綴る、強制収容された日系人の痛み。

  • 文:今泉愛子

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『あのころ、天皇は神だった』

ジュリー・オオツカ 著 小竹由美子 訳

独特の引力をもって綴る、強制収容された日系人の痛み。

今泉愛子ライター

1942年春、街のあちこちに強制退去を告げる紙が貼られた。日系人一家は、すみやかにカリフォルニア州にあった家を離れ、ユタ州の砂漠にある収容所へと向かう。その数カ月前に夫は逮捕されていた。残されたのは、妻と娘、息子の3人だ。夫から数日おきに手紙が届くが、検閲済みの文章からは、詳しい様子がわからない。  
日本では、2016年に『屋根裏の仏さま』で注目された著者。長編『あのころ、天皇は神だった』は邦訳の入手が難しかったが待望の新訳が登場した。オオツカはカリフォルニア州生まれの日系アメリカ人。この物語は、祖父母一家がモデルだと思われる。  
不遇な日系人一家の描写はていねいだが微妙な距離感がある。正義感を振りかざすわけでも同情的でもなく、淡々としたもの。それでいてこの物語は独特の引力があるのはなぜか。読み始めてすぐに気付くのは、3人に名前がないこと。隣人は名前で呼ばれるのに、3人は、女、女の子、男の子と呼ばれている。名前がないことで、彼らの状況を客観的に受け止められる。  
3人のキャラクターも見事に描き分けられている。事態を悲観するわけではなく、かといって前向きにふるまうでもない女、思春期前の少女らしい利発さをもつ女の子、甘えん坊なところのある男の子。それぞれの視点は少しずつずれていて、その微妙なずれが物語を含みのあるものにしている。  
タイトルにある天皇も大きく描かれてはいない。神とされてはいたが、彼らとの心の距離は明かさないのだ。著者はこうして細部を読者の想像に委ねることで、物語に入り込みやすくする。  
対照的に最終章では、父が収容所の出来事を荒々しく語る。神は男たちを見捨てたのか。戦争の理不尽さが読み手にも襲いかかるラストだ。

『あのころ、天皇は神だった』
ジュリー・オオツカ 著 小竹由美子 訳 
フィルムアート社 
¥2,484(税込)