明るさと高潔さとに満ちた、トリスターノ流の子守歌。

  • 文:中安亜都子

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『ピアノ・サークル・ソングス』

フランチェスコ・トリスター

明るさと高潔さとに満ちた、トリスターノ流の子守歌。

中安亜都子音楽ライター

バッハを得意とする演奏家にとって「ゴルトベルク変奏曲」は命題のようなもの。20世紀の天才ピアニスト、グレン・グールドは別格として、個人的にはフランチェスコ・トリスターノが2002年に発売した作品は、数多い「ゴルトベルク変奏曲」のなかでも突出していると思う。 

11年、彼はバッハと現代音楽のジョン・ケージを同列で演奏した作品をリリース。バッハとケージ、異なる時代の音楽家の作品を組曲のように構成し、違和感なくスムースに演奏した才能の登場はセンセーションを巻き起こしたものである。彼の異才ぶりをもうひとつ挙げるなら、デトロイト・テクノの雄、カール・クレイグとはしばしばクラブで共演。その活動は新世紀の才能と呼ぶにふさわしい。 

新作「ピアノ・サークル・ソングス」は、ほとんどが本人による書き下ろしのピアノ作品集。これまでの鋭角的に切り込むような演奏を知るものにとって、全体の穏やかな表情が意外だ。 

資料によると、タイトルの「サークル」とは、自分の子どもたちが遊ぶ様子からインスピレーションを得た言葉だそうで、「父親になってたどりついた新たな視点から生まれたアルバム」とのこと。これは彼流の子守歌とも受け取れる。またここで記すべきはカナダ出身のピアニストでプロデューサーでもあるチリー・ゴンザレスが曲の提供と演奏にも参加していることだろう。漂う淡いロマンティシズムはゴンザレスとの親交から生まれたものかも知れない。とはいえ、やはりトリスターノである。シンプルなメロディの流れから生まれる幻想的な印象や、ピアノの明るく透明な音色、そして背後から立ちのぼる音楽への高潔な意思は、クラシック音楽界の俊英ならではだ。難解さから解き放されたポップな現代音楽。そう捉えることも可能な作品である。

1981年ルクセンブルグ生まれ。 名門ジュリアード音楽院にて学 ぶ。クラシック音楽のほかテク ノ音楽にも取り組み好評を得て いる。12/15~17、草月会館に てグレン・グールドをテーマに したライブ&トーク・セッショ ンに坂本龍一らと参加。

『ピアノ・サークル・ソングス』

フランチェスコ・トリスターノ 
SICC-30459 
ソニー・クラシカル 
¥2,808(税込)