謎に満ちた才気が見せるのは、快感か?それとも混乱か?

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    『セーフ・イン・ザ・ハンズ・オブ・ラブ』

    イヴ・トゥモア

    謎に満ちた才気が見せるのは、快感か?それとも混乱か?

    鈴木宏和音楽ライター

    ベルリンの実験的レーベル〈PAN〉から2016年に前作『サーペント・ミュージック』をリリース。アルカやブライアン・イーノらと並んで、アメリカの音楽メディア、ピッチフォークの「2016年の年間ベスト・エクスペリメンタル・アルバム・トップ20」に選出。

    ふざけているのか、はたまた呪われているのか、アートと悪趣味が紙一重の本人写真で、まずはドン引き、いや衝撃。というか、ここまで視覚に訴えられたら触れないわけにもいかない。でもこれも、独自性と匿名性ーーほかの何ものでもないが実体があるのかどうかもわからないという、自身とその音楽に対するステイトメントなのかもしれない。謎の名義(トゥモア=tumorは腫瘍の意味)しかり、インタヴューでも「多くの人は私の存在が何なのか困惑していると思う。けど、それでいい」と語っているし、「?」や「!」に満ちたペルソナであり表現、それがイヴ・トゥモアということなのだろう。  
    米ピッチフォークで最高級の評価を獲得した前作『サーペント・ミュージック』で脚光を浴び、今年9月に来日したワンオートリックス・ポイント・ネヴァーや、コーネリアス、ヨハン・ヨハンソンといった異才とともに坂本龍一のリミックス・アルバムに参加したことでも話題を呼んだが、満を持してと言うべきか、名門ワープ・レコーズへ移籍しての新作リリースである。 ホーンで4音の同じフレーズを90秒繰り返すのみの、不可思議なファンファーレ風インストで幕を開ける今作。そこから生音と電子音が巧みに操られ、前作を評するキー・ワードになっていたソウル・ミュージックをはじめ、ジャズ、ヒップホップ、ディスコにゴス、シューゲイザーにインダストリアルにエレクトロ、そして夥しいノイズと、あらゆるジャンル/スタイル、あらゆる音を飲み込んだ、変幻自在のエクスペリメンタル・ワールドが構築されていく。すすり泣きにも似た歌声や、スポークン・ワード、地底から湧き上がる鎮魂歌のようなコーラスなど、ヴォーカルも一筋縄ではいかない。  
    狂気とも呼べる才気に翻弄されっぱなしの1枚。快感に浸れるか混乱をきたすかは、あなた次第だ。

    『セーフ・イン・ザ・ハンズ・オブ・ラブ』
    イヴ・トゥモア 
    BRC-584 
    ビート・レコーズ 
    ¥2,592(税込)