甘く儚げな詩情を添えて描く、トルーマン・カポーティの光と影。

  • 文・森 直人(映画評論家)

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アルコールと薬物中毒に苦しみ、手がけていた『叶えられた祈り』を書き終えることなく60歳で世を去ったトルーマン・カポーティ。オバマ政権時のホワイトハウスでソーシャル・セクレタリーだったイーブス・バーノーが監督を務めている。 © 2019, Hatch House Media Ltd.

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このドキュメンタリーは、戦後アメリカを代表するセレブ作家にして稀代の奇人、トルーマン・カポーティの人生全域を濃厚に網羅する。全体の構成としては、未完とされる謎多き問題作『叶えられた祈り』をめぐるミステリーとも捉えられるのではないか。

内容はジョージ・プリンプトンによる評伝本『トルーマン・カポーティ』の執筆に際した貴重な取材テープを基にしている。まるで『市民ケーン』や『羅生門』のように、さまざまな関係者が回想する認識のズレも含め、カポーティの人物像がポリフォニック(多声的)に浮かび上がるさまが興味深い。

カポーティが集大成のつもりで取り組んだ小説『叶えられた祈り』は、彼が「白鳥(スワン)」と呼んだ社交界の女性たちの裏事情を描き出したもの。プルーストの『失われた時を求めて』を念頭に置きつつ、友人たちの私生活をゴシップ混じりで暴露したため大炎上した。映画の中で作家・批評家のセイディー・スタインは、同作をリアリティ番組の原型だと喝破する。

言わば自爆の道に突っ込んだカポーティだが、そこからせり上がるのは作家としての宿業だ。フィリップ・シーモア・ホフマン主演の『カポーティ』で描かれたように、実際の殺人事件に迫った『冷血』の時も、情愛をもって接し始めた死刑囚を「書く」というかたちで結果的に裏切っていく。

そして映画はカポーティの人生を解く鍵──『市民ケーン』でいう「バラのつぼみ」として自殺した母リリーの存在を示唆する。『ティファニーで朝食を』のヒロインのモデルとも言われる彼女は、上流社会に憧れて息子をニューヨークに導いた。以来、カポーティは極端な光と影を生きた。彼の波瀾万丈は、我々の欲望と虚栄、純粋と夢を乱反射させるプリズムであることを、この映画は甘く儚げな詩情を添えて教えてくれる。

© 2019, Hatch House Media Ltd.

© 2019, Hatch House Media Ltd.

『トルーマン・カポーティ 真実のテープ』
監督/イーブス・バーノー
出演/トルーマン・カポーティ、ケイト・ハリントンほか 2019年 アメリカ・イギリス合作映画
1時間38分11月6日(金)よりBunkamuraル・シネマほかにて公開。
http://capotetapes-movie.com/