不安に寄り添い小さな希望を与える、ヨンシーが奏でる讃美歌。

  • 文:栗本 斉 (音楽ライター)

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シガー・ロスのボーカリスト。2010年に『ゴー』をリリースし、今作が2作目となる。楽曲「スウィル」のMVでは、映像作家のバーナビー・ローパーがディレクションを、ビジュアル・アーティストのPandagundaがアニメーションを担当。

漆黒の闇の中、はかなげに光を放っている小さな星。ヨンシーの声を聴くと、そんなイメージが脳内を満たしていく。哀しみがあふれていることもあれば、絶望的な気分にさせられることもある。でも、そんな感情にそっと寄り添いながら、手を差し伸べてくれているような慈愛を感じる声なのだ。

アイスランドを代表するエクスペリメンタルなロック・バンド、シガー・ロス。そのフロントマンによるソロ・アルバムは、なんと初作『ゴー』から10年ぶりということだが、並べて聴くとちょっと雰囲気が違う。比較的アッパーなエレクトロ・ポップというイメージの前作に比べ、新作における彼の声のどこまでも深みに落ちていくようなさまは、少し恐怖すら覚えるほどだ。静謐なピアノと小さなノイズを交えたアンビエントなトラックがさらにその声の魔力を増幅し、シガー・ロスとは一味違う神聖な世界をつくり上げている。なかには、暴力的なまでに過激なハンマー・ビートもあれば、スウェーデンのエレポップ・シンガー、ロビンをフィーチャーしたダンストラックもある。それでもアルバム全体の“静”の印象は変わらない。実験的ながら一定の水準に仕立てられたのは、少し前のチャーリー・エックス・シー・エックスのアルバムでも重要な役割を果たしていたプロデューサー、A.G.クックの手腕も大きいだろう。サウンド面では同郷のビョークにも共通する先鋭性も感じられるが、そういった尖ったセンスよりも情感が勝っているのは、ヨンシーの声ありきの音楽だからといえるのではないか。

ヨンシーの意向はともかく、本作『シヴァー』をある種の癒やし系と捉えるのはあながち間違いではないだろう。コロナ禍以降の得も言われぬ不安にそっと寄り添い、かすかな希望を与えてくれる現代の讃美歌がここにあるのだ。

『シヴァー』ヨンシー WPCR-18357 ワーナーミュージック・ジャパン ¥2,420(税込)