新世代のスター講談師が、自ら解説した待望の手引き書。

  • 文:生島 淳

Share:

『神田松之丞講談入門』

神田松之丞著

新世代のスター講談師が、自ら解説した待望の手引き書。

生島 淳文筆家

2年前の夏、クルマを運転しながらラジオを聞いていると、「ずいぶん変わった人がいるもんだな」と思った。若いのに、講談の世界に飛び込んで9年になるという。なにより声がよかった。深く、心地がよい。
その人、講談師の神田松之丞といった。勘が働き、帰宅してすぐ独演会の切符を予約した(2年前は聞きに行こうと思えば、すぐに聞けたのだ)。
圧倒された。魅了された。その夜、私にとっての「パンドラの箱」が開いた。松之丞の追っかけが始まり、昨年は150席を聞き、今年はそれを上回るペースで高座通いが続いている。
ただし、聞き始めた当初は苦労もした。講談の演目は4000を超えるといわれているが、「今日聞いた話って、どんなんだっけ?」と疑問に思っても調べる手段がない。インターネットで探しても見つからず、イライラは募る。むしろ、ネット社会で未開拓のジャンルがあることに驚いた。これは、歌舞伎や落語といった他の伝統芸能と比較すると、致命的な状況といえた。講談は忘れ去られようとしていたのだ。
しかし、ようやく手引き書が出た。『神田松之丞 講談入門』である。ありがたいことに、「松之丞全持ちネタ解説」がついており、全十話を超える連続物の粗筋をはじめ、松之丞自身による「芸談」が挿入されているのが楽しい。予習に使うもよし、復習に使うもよし、演目への理解を深める手助けになること間違いなし。
また、入門と銘打っているにもかかわらず、人間国宝・一龍齋貞水との対談は上級者向けの内容で、昭和から平成にかけての講談の世界の貴重な証言になっている。聞き手に徹する松之丞の姿勢が好もしいが、いつか立場が逆になり、彼が語る時が来るはずだ。
やがて到来するであろう「松之丞時代」の序開きともいえる、お役立ち本の登場だ。

『神田松之丞講談入門』
神田松之丞著 
河出書房新社 
¥1,890(税込)