プロになる夢を諦めなかった男に、自分を重ねてみてほしい。

  • 文:阿部広太郎

Share:

『泣き虫しょったんの奇跡』

豊田利晃

プロになる夢を諦めなかった男に、自分を重ねてみてほしい。

阿部広太郎コピーライター、映画プロデューサー

奨励会に在籍していたという豊田利晃監督が、『青い春』『ナイン・ソウルズ』などでタッグを組んできた松田龍平を主演に迎えて完成させた最新作。瀬川晶司五段の自伝的原作の映画化に、野田洋次郎、永山絢斗など多彩なキャストが集結している。Ⓒ2018『泣き虫しょったんの奇跡』製作委員会 Ⓒ瀬川晶司/講談社

人はいつ諦めることを知るのだろう。目標に対して心が折れてしまった時? 才能がないと他人から言われてしまった時? はたまた現実を直視しなくてはいけない時だろうか?
本作は、10歳の頃から将棋にのめり込んできた“しょったん”こと瀬川晶司が、26歳というプロ棋士になるための年齢制限の壁にぶち当たる話だ。奨励会に入会し、22歳の夏に三段昇段を果たすしょったん。26歳の誕生日までに四段になれればプロ棋士になれる。あと一段が、永遠の様に感じる。上には上がいると、突きつけてくる勝負。負けても、この踊り場から降りる訳にはいかない。夢にまっすぐ向き合うのが怖いから、現実から逃げるように仲間と遊んでしまう。次々と去るライバル。駒を持つ手が震える。きっと大丈夫だ……心の叫びがチャンスの潰える瞬間まで聞こえてくる。
奨励会に年齢制限はあっても、将棋との関係は生きている限り続く。その関係は、応援し続けてくれた父親、切磋琢磨してきた親友と育んできたものだ。ある出来事を契機に、しょったんは再び駒を手に取る。迷いも消え、気持ちよく指していく将棋に、味方が増えていく。たくさんの仲間に背中を押され、前代未聞の再挑戦へ——。
現実と上手く付き合うためには、ほどよい諦めが必要だ、というのはわかる。でも、他人がどう言おうが、評価や条件がどうであろうが「諦めない」を貫けば必ずなにかのかたちになる。将棋を描き切ったこの映画には、諦めなかった人間の涙が映っている。劇中に、ピシリと駒を並べる姿が象徴的に登場する。その所作を、ペンを執ること、シャッターを切ること、マイクを持つこと、あなたの日常に置き換えてほしい。初心を忘れず歩を進めよと教えてくれるはずだ。

『泣き虫しょったんの奇跡』
監督:豊田利晃
出演:松田龍平、野田洋次郎ほか
2018年 日本映画 2時間7分 9月7日より全国の映画館にて公開。
http://shottan-movie.jp