歴史的な意味から探り出す、地球を席巻する「黒色」の秘密とは?

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    『黒の服飾史』

    徳井淑子 著

    歴史的な意味から探り出す、地球を席巻する「黒色」の秘密とは?

    高橋明也三菱一号館美術館 館長

    フランスを中心とした欧州服飾文化史研究の第一人者、お茶の水女子大学名誉教授の徳井淑子氏の新著である。アカデミックな知識と情報が満載されながら、氏の語りの「モード」は我々一般人にもすんなりと受け入れられるカジュアルさにあふれている。

    昨今、地球を席巻している「黒」の美学。近年は鮮やかな色彩が回復してきているとはいえ、基本的には世界中、なんの変哲もない地方都市の街角からセレブたちが集う華やかなパーティに至るまで、どんな場所も「黒」を纏った人々で埋め尽くされている。中世から現代まで、この黒に対する嗜好、モノクロームに対するマニアックな好みの原点はどこにあるのか?これが本書に通底する問いである。

    とりわけ中世服飾史に造詣の深い著者は、色彩がもつ本来的な宗教性を語る。中世の修道僧たちの衣服は、モノクロームであり、神が創造した自然の色彩を模倣する人間の営み自体に異議を唱える。その流れはしだいに宮廷文化・市民文化と重なり、黒はときに権威や富、正当性を表象し、ときに節度や悲しみなどの倫理性・精神性を表すものとなる。そしてそれは、相対的な位置にある「多彩色」(ポリクローム)に課せられた真逆の価値、反逆的・アウトサイダー的な役割と並行して語られる。19~20世紀の男性の黒服と女性の多彩色の衣服の対比は、最も象徴的な光景だろう。

    黒の表現的な美しさには惹かれるが、個人的にはむしろ鮮やかで楽しい色彩に魅せられる私などからすると、安易な黒の氾濫には辟易する。でも「あとがき」には「色についてストイックなヨーロッパ人の態度は、なにに由来するのか、それを知るには黒の歴史を見ることがひとつの方法だった」と正直に記されていて、安心した。次にはこうしたテーマを、世界規模で鳥瞰図的に見たくなった。

    『黒の服飾史』
    徳井淑子 著
    河出書房新社
    ¥3,456(税込)