石井裕也監督が韓国で撮って気づいたのは、「苦悩」が武器になるということ『アジアの天使』

  • 文:細谷美香

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石井監督作品の常連俳優である池松壮亮が、喪失感を抱えながらも切実に誰かとつながろうとする主人公を演じる。飄々とした兄を、石井監督とはドラマ『おかしの家』で組んだオダギリジョーが好演、ユーモアを吹き込む。© 2021 The Asian Angel Film Partners

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辞書編纂を描いた『舟を編む』、最果タヒの詩集を映画化した『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』などを手がけた石井裕也監督が撮った『アジアの天使』は、言葉によるコミュニケーションの、その先を描いた作品と言えるかもしれない。ほぼ韓国人のスタッフでオールロケが行われた。

石井監督は、海外で映画を撮りたいと思った理由として「言葉という手持ちの道具を手放してみたかったんです」と語る。

「韓国の現場を経験し、日本ではお互いのおもんぱかりや気遣いによって自動的に進んでいること、いつの間にか構築されたシステムやルールが多かったと実感しました。でも、いいものをつくりたい、大変なことも楽しもうという熱意に壁はない。言葉に違いがあっても、本質的な思いには違いがないことに改めて気づきました」

シングルファーザーとなった主人公・青木剛(池松壮亮)。幼い息子を連れて、ソウルに住む兄(オダギリジョー)の元へやって来る。旅の途中、両親の墓参りに向かう韓国人の兄、姉、妹の3人に出会い、物語が動き出す。

主人公・剛の妻と、韓国で出会った一家の母はがんで亡くなった。監督自身は7歳の頃に病で母を失っている。「家族」は監督が描いたことのあるモチーフだが、「丸腰で外国に行って映画をつくるなら、自分が向き合ってこなかった問題や苦悩をあらわにすることが武器になると思いました」という。

「日本では母親を描くことに対してどこか気恥ずかしさがありましたが、外国だからこそ素直になれた。日本を離れると自分を対象化して、本質が見えてくるということなんでしょうね」

国を越えた映画づくりは挑戦ではなく、当たり前になっていくと思うと語った石井監督。この作品の後に撮影した『茜色に焼かれる』では、製作委員会システムを導入しないなど、韓国で得た学びを活かした。これからは「心構えとしても作品としても、より自由に」、石井監督の映画づくりは続く。

『アジアの天使』
監督・脚本/石井裕也
出演/池松壮亮、チェ・ヒソ、オダギリジョーほか
2021年 日本映画 2時間8分 7月2日よりテアトル新宿ほかにて公開。
https://asia-tenshi.jp/