なめらかに綴られていく、 孤独に馴染みすぎた女たち。

  • 文:今泉愛子

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『ハウスキーピング』

マリリン・ロビンソン 著 篠森ゆりこ 訳

なめらかに綴られていく、 孤独に馴染みすぎた女たち。

今泉愛子ライター

「私の名前はルース。妹のルシールと一緒に育った」。冒頭の明快な文章に引き込まれて読み始めると、すぐになめらかで豊かな言葉の波が押し寄せてきた。かつて祖父が描いた絵画、姉妹が生まれる遥か昔に祖父が命を落とした列車の事故、遺された祖母と3人娘の描写から、淡々と、それでいて慈しむような眼差しが感じられる。 

ルースとルシールの母ヘレンは、3姉妹の真ん中だった。ヘレン亡き後、2人は祖母に引き取られ、やがて祖母が亡くなると、母の妹シルヴィと暮らすようになる。家は祖父が建てたもので、アイダホ州の架空の街、フィンガーボーンにある。鉄道橋がかかる湖があり、祖父を乗せた列車は、湖の底に眠ったままだ。 

不吉な気配を漂わせながら、物語は進んでいく。祖母は家庭的な女性だったが、叔母のシルヴィは一風変わっていた。冷たいわけではないし、意地悪でもない。けれど子どもと一緒に暮らすことに向いていないように思える。孤独に寄り添いすぎているのだ。ルースとルシールは、学校へ通わず湖の近くで時間をつぶすようになる。 

そして、ルシールが家を出た。普通の暮らしをしたくなったからだ。彼女が求めたのは、決まった時間に食事をとり、家の中を整え、身だしなみに気を配るような生活だった。一方ルースは、保安官の介入でシルヴィから引き離されそうになるのだが……。 

登場するすべての女性が喪失を経験している。父を、夫を、母を、妹を。だが、喪失は不幸ではなく日常に溶け込んでいる。誰も悲しんだり嘆いたりする様子はない。現状を変えたかったルシールは、自らの意思で家を離れた。 

孤独は恐れるに足らない。しかし、馴染みすぎるとどうなるのか。オバマ元大統領も愛したという静謐で厳粛な文章は、孤独の美しさと儚さを見事に描き切っている。

『ハウスキーピング』
マリリン・ロビンソン 著 篠森ゆりこ 訳 
河出書房新社 
¥2,592(税込)