現代的なディテールによって、普遍的な物語が輝きを増す。

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    『ハーツ・ビート・ラウド たびだちのうた』

    ブレット・ヘイリー

    現代的なディテールによって、普遍的な物語が輝きを増す。

    長谷川町蔵ライター・コラムニスト

    監督、脚本を手がけたブレット・ヘイリーは、これまで発表してきた長編映画がサンダンス映画祭などで高い評価を得てきた気鋭監督。俳優、作家として活躍するニック・オファーマンが、娘とともに夢を叶えようとする父親を演じている。© 2018 Hearts Beat Loud LLC

    ありふれた物語である。

    ロック・ミュージシャンになる夢を諦めて、中古レコード店を経営するさえない中年男フランクと、地に足がついたその娘サム。医師を志すサムが、父とは異なる夢に踏み出そうとしたその瞬間、親子が戯れでつくったオリジナル曲がインターネット上で評判を呼ぶようになる。我が子に優れたミュージシャンだった亡き妻の才能が受け継がれていると信じるフランクは、これを機にふたりでロック・シーンに再参入しようと俄然張り切り始めるのだが……。物語の結末は、予想通りだ。

    しかし新鋭ブレット・ヘイリーが監督したこの『ハーツ・ビート・ラウド たびだちのうた』、ディテールがいちいち新しい。物語の舞台となるのは、再開発が進むブルックリンでも要注目のエリアとして知られるレッドフック。下町の人情とサブカルチャーの息吹が入り混じる街並みが魅力的だ。

    ニック・オファーマン演じるフランクの子は息子ではなく、娘。しかも白人と黒人のミックスである。そのサムが恋に落ちる相手ローズもまたマルチ・エスニックの背景をもつ女の子だ。それなのにサムの人種やジェンダーにまつわる葛藤は一切描かれない。フランクも責めるどころか歓迎する。これは、ごくありふれた恋、いや、むしろ最高に素敵な恋なのだから。サム役のカーシー・クレモンズとローズ役のサッシャ・レインの眩しいツーショットは観客にそう語りかけてくるかのようだ。娯楽映画の定石をあえて外すことによって、ありふれた物語は普遍的な物語として輝き始めるのである。

    その輝きをさらに強めているのが、ロックバンド、ワイルド・カブの中心人物キーガン・デウィットが手がけた劇中オリジナル曲の数々。特に1 99 0年代インディロック的疾走感にあふれたタイトル曲の完成度には、ロックマニアも唸るはずだ。


    『ハーツ・ビート・ラウド たびだちのうた』
    監督/ブレット・ヘイリー
    出演/ニック・オファーマン、カーシー・クレモンズ、トニ・コレットほか
    2018年 アメリカ映画 1時間37分 6月7日よりヒューマントラストシネマ渋谷ほかにて公開。
    https://hblmovie.jp