不思議なカラダの物語は、男性優位社会の見方を変える。

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    彼女の体とその他の断片

    カルメン・マリア・マチャド 著  小澤英実/小澤身和子/岸本佐知子/松田青子 訳 

    不思議なカラダの物語は、男性優位社会の見方を変える。

    今泉愛子ライター

    本書は、カルメン・マリア・マチャドのデビュー作であるが刊行直後から注目を集め、全米批評家協会賞をはじめ数々の賞を受賞。『ニューヨーク・タイムズ』紙の選ぶ「21世紀の小説の書き方と読み方を変える女性作家の15作」のひとつにも選ばれた。収録された8つの短編は、キューバ系アメリカ人である「非白人」の女性で、同性の配偶者をもつマチャドが、社会に蔓延する差別を強く意識していることを思わせる内容だ。
    たとえば収録作のひとつ「夫の縫い目」は、欧米に伝わる怪談「緑のリボン」を下敷きにしている。怪談では、ある夫が、結婚前から妻の首に巻かれていたリボンをほどきたがる。ところが、ずっと嫌がっていた妻のリボンをほどいたとたんに首が落ち、実は妻は死者であったことがわかるのだ。その衝撃のラストは、夫を欺く妻や男を裏切る女への男性側からの強い非難を感じさせる。
    著者は、この怪談を妻の視点から鮮やかに書き換えた。妻は、肉体的にも精神的にもずっと夫の欲望に応えてきた。唯一嫌がったのは、リボンに触れられること。ところが夫は、妻の気持ちが理解できない。浮き彫りになるのは、夫は妻を自由にしていいはずという思い込みだ。
    「本物の女には体がある」という一編に登場するのは、肉体が消えた女性たちだ。彼女たちが潜む先はドレスの中。それは、女性が美しさや理想的な体形を過剰に求められ、その呪縛から抜け出せないことを表現しているかのようだ。
    マチャドの作品は、女性の身体は誰のためにあるのか、男性を喜ばせない女性には価値がないのか、などといった一方的な視点で状況を批判的に捉えることはしない。物語は豊かな表現力で構築されており、きわめて芸術的で、どれも不思議な余韻を残す。そこから立ち上がってくる自由な解釈の余地は無限で、実に魅力的だ。

    『彼女の体とその他の断片』 カルメン・マリア・マチャド著 小澤英実/小澤身和子/岸本佐知子/松田青子訳 エトセトラブックス ¥2,640(税込)