毒殺事件の謎に迫っていく、米法医学界のパイオニアふたり。

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    毒薬の手帖 クロロホルムからタリウムまで 捜査官はいかにして毒殺を見破ることができたのか

    デボラ・ブラム 著 五十嵐加奈子 訳

    毒殺事件の謎に迫っていく、米法医学界のパイオニアふたり。

    今泉愛子ライター

    20世紀初頭、最もバレにくい暗殺方法は毒殺だった。クロロホルム、ヒ素、水銀、タリウムなどの毒物は、化粧品や農薬などの原料として用いられており、入手が容易。その上、それによって誰かが死に至っても、多くの場合、立証は困難であった。捜査現場に科学の知識をもつ者は皆無で、検死すらまともに行われていなかったのだ。
    本書は、ニューヨークで犯罪捜査に尽力したふたりの科学者、チャールズ・ノリスとアレグザンダー・ゲトラーの仕事をつぶさに綴る。毒物が人を死に至らしめる過程を、彼らはどのように解明したのか。ピュリッツァー賞受賞歴のあるサイエンスライターの著者は、禁酒法が成立し、闇酒を売るギャングが跋扈した当時の時代背景や、毒殺事件を起こした犯人や被害者らの人間関係を丹念に織り込み、読み応えのある一冊に仕上げている。
    ノリスは1918年にニューヨーク市初の監察医に就任。彼はすぐさま有能な法化学者ゲトラーを採用し、科学捜査に着手する。20年の禁酒法施行前から酒の代用品としてメチルアルコールを飲む市民が急増し、なかには死亡する者もいたが、メチルアルコール中毒死を判別する方法は確立されていなかった。そこでゲトラーは、ノリスの支援のもと700体以上もの人間の臓器を調べ、メチルアルコールを検出する方法を検証。彼は生涯で10万体以上の死体に触れ、ときに脳を切り刻み、ときに肝臓を薬剤に浸し、あらゆる毒物の作用を調査し論文を書き続けた。
    ふたりのひたむきな姿勢に引き込まれる一方、毒殺事件の背景もまた興味をそそる。暴力による殺人は多くの場合、衝動的だが、毒殺には準備が必要で犯人には明確な動機が存在する。その人間ドラマもまた読み物のひとつ。毒殺をとがめられなかった人物の多くは再犯するという事実も、ある種の人間の業を表している。

    『毒薬の手帖 クロロホルムからタリウムまで 捜査官はいかにして毒殺を見破ることができたのか』 デボラ・ブラム著 五十嵐加奈子訳 青土社 ¥2,860(税込)