言語はいかにして消えるのか? 30年の過程を追った貴重な記録。

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    最期の言葉の村へ 消滅危機言語タヤップを話す人々との30年

    ドン・クリック 著 上京 恵 訳

    言語はいかにして消えるのか? 30年の過程を追った貴重な記録。

    大石高典 文化人類学者

    地球上にある約6000の言語のうち、40%弱にあたる言語が絶滅の危機に瀕している。珍しい言語の消滅は注目を集めやすいが、言語を話す人間そのものにフォーカスすることは少ない。文化人類学者の著者は、ある言語がなぜなくなるのか、ではなくどのようにしてなくなるかを問うべきだと考え、人間に焦点を当てた。言語がなくなるのは人が話さなくなるからで、それはとても社会的なことなのだ。
    本書で著者は、ひとつの言語が消滅するプロセスを追うためにパプア・ニューギニアにある僻村、ガプンに住み込み、30年にわたってフィールドワークで村の人の生活を記録する。ガプンでは長い間「タヤップ語」が話されていたが、1980年代になると突然若者が話さなくなり、その後は植民地化の中で生まれた混合語「トク・ピシン」に生活言語の座を奪われていく。ガプンの人々には、タヤップ語を使ってしかできないことがある。たとえば女性たちは、タヤップ語を使って詩的な悪態をつく。「お前のおふくろは雷が光った時、クソの山と一緒にお前を産んだぞ!」といった具合に。トク・ピシンでは、そのような表現は難しい。しかし、2014年の時点でタヤップ語の話者は、たった45人だった(ガプンの人口は約200人)。
    多くの場合、人類学者は対象とする文化について文句を言ったりしない。ところがこの本では、イモムシや孵化しそうな野鳥の卵を食べざるを得なくなった顛末、村人から金をせびられることへの対処法、強盗に遭った時に味わったジレンマなど、さまざまなエピソードの中で著者が感じたことが実に率直に綴られている。身体感覚をもった個人に立ち返ってみることで、初めて文化の多様性や異文化との付き合い方を知ることができるのだ。ひとつの言語の消滅を追う中で、それがよく伝わってくる。

    『最期の言葉の村へ  消滅危機言語タヤップを話す人々との30年』 ドン・クリック 著 上京 恵 訳 原書房 ¥2,970(税込)