小説が禁じられた世の中で、作家はなにを書いたのか。

  • 文:今泉愛子

Share:

『小説禁止令に賛同する』

いとうせいこう 著

小説が禁じられた世の中で、作家はなにを書いたのか。

今泉愛子ライター

実験的な小説だ。いや、恐らく小説のはずだが、体裁としては『やすらか』という小冊子に作家が連載する随筆だ。この作家は独房に10年以上収監されている。随筆は、のびのびと心の在り様を綴ったものではない。カタカナは一文字も使われておらず、テレビ界は「電視界」と記述される。作者は「……だった」「……なのだ」という過去形も使わない。過去形はそれが確実にあったという事実を示す効果をもつため、詐術も可能だからだ。ところどころに伏字があるのは、検閲されているからだろう。 

時は、2036年。2020年代に大きな紛争があり、この国は亜細亜連合の一部となっている。紛争中には原子力事故が連続発生し、国土の一部地域は立ち入り禁止となった。 

そして、「電脳」利用者の熱が冷め、印刷された出版物が信頼を取り戻す。人々は映像よりも文字の方が、自身が冷静になれると考えるようになり、そして虚偽情報にうんざりした人たちは、小説に飛びついた。そもそも虚偽の世界として書かれたものの方が信頼に足る、というのだ。 

しかし、政府はその勢いに恐怖を感じ、「小説禁止令」を発布するに至る。この作家は、誰よりも先に賛同した。ところが、表向きは小説を批判しつつ、言葉の端々に小説への愛を思わせる。連載中の随筆では、夏目漱石、三島由紀夫、中上健次らの作品を次々と取り上げ、熱心に解説を続けた。作家の小説への愛はしだいにダダ漏れの様相を呈する。まさに自爆だが、作家の自覚のなさは意図的なのかもしれない。 

著者いとうせいこうは、この本の中の作家になにを託したのだろうか。流行りものにすぐ飛びつき、空気を読み続けた私たちが失ったものとはなにか。深刻な状況にもかかわらずおかしさもあり、それでいて心に強烈な楔を打ちつける、小説だ。

『小説禁止令に賛同する』

いとうせいこう 著 
集英社 
¥1,512